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8.28 MANNING ≫≫

ALEXANDRIA


 ブーツさんが受話器を置いた。僕は、ブーツさんが作ってくれた朝食を頂いてから、二杯目のコーヒーを飲んでいるところだった。
「大体の場所は分かったわ。」
 ブーツさんはメモを持ってテーブルに戻り、自分のコーヒー・カップを手に取った。
「上手く行けばいいのですが。緊張します。」
「そうね、私もよ。」
 これが最後のチャンスだ。これがものに出来れば、再び走ることが出来る。だめなら、明日日本に帰国しなければならない。落ち着かない気分だった。


「1816・・・もうすぐですね。」
 ブーツさんは車の速度を落とした。僕は、窓越しに建物に書かれた番地を読んでいた。
 住宅と、オフィスの入った小さなビルが通りには並んでいる。歩道と車道の間には、決まった間隔をおいて街路樹が植えられていた。
「それじゃない?」
 そう言ってブーツさんはハンドルを切り、歩道を横切って舗装されていない駐車場に大型のセダンを乗り入れた。
「何だか治安の悪そうなところね。」
「はあ、そうですか。」
 僕には、まるでそんな風には思えなかった。確かに立派な建物が並んでいる訳ではないが、静かなどこにもあるような町並みに見える。これが、アメリカに長年暮らしている者とそうでない者との、経験から来る認識の差なのかも知れない。この感覚が研ぎ澄まされていない者は、自分では気付かない内に身を危険に晒すことになるのだろう。
 車を降りて、僕たちは三階建てのビルに付けられた外階段を上った。目指すオフィスは二階にある。青い文字で「T&A」と書かれた磨りガラスのドアを引くと、パーテーションが前に立ちはだかった。手前には、鉢植えの背の高い観葉植物が一つだけ置かれている。僕たちは、パーテーションを周り込んで奥へと進んだ。
 まず応接セットが目に入り、その奥に大型のデスク、さらに背後に木製のキャビネットが壁に付けて横幅いっぱいに並べられていた。これらの家具だけで、小さなオフィスのスペースはほぼ埋まっている。デスクには、黄色いTシャツにジーンズのラフな服装に、口髭をたくわえた男が向かっていた。彼以外にスタッフの姿はなかった。
 ブーツさんが彼に声をかけた。先ほど電話した者だとか、モーター・サイクルのプレートがどうのと言っているようだった。男性が立ち上がって、デスクのこちら側に出てきた。僕の方をちらちらと見ながらブーツさんと会話を交わし、それから僕にも握手を求めてきた。彼は、部屋の中央に置かれた応接セットを指して、僕たちに座るよう促した。
 僕たち二人はソファに腰を下ろし、彼はカップを取り出してポットに落としてあったコーヒーを注いだ。その間もブーツさんと彼は会話をしているが、僕にはその内容は分からない。壁のカレンダーにびっしりと書き込まれた、スケジュールらしい文字や、何かの営業許可証らしい額に入った紙切れなどを僕は眺めていた。それから、オフィスがきれいに整頓されていることに気が付いて、一人で感心していた。
 男性は、コーヒーの入った二つのカップをテーブルに置いてから、木製の棚から数枚の書類を取り出してソファに戻った。L・Aでオートバイと一緒に受け取った用紙を僕が渡すと、彼はそれを見ながら、オートバイの年式や型式などを取り出してきた書類に書き込み始めた。その間、僕は相変わらず部屋中を見回していたが、記入を終えた彼からブーツさんが何らかの説明を受け、僕は言われるままにその書類にサインをした。
「保険料と手数料、合わせて一二五ドルですって。」
「はい。」
 僕は、財布から紙幣を取り出してテーブルに置いた。一二五ドルの料金が相場なのかどうか、僕には分からない。安いとも思えないし、車両保険ならそんなものとも思える。ただ、もう一度走ることが出来るのなら、それは高い出費ではなかった。
 以上の手続きを終えると、二枚の書類と領収書、そして、二枚のプレートを彼はテーブルに置いた。
「こんなものか。」
 事務所に入ってから時間にして一〇分余り。渡されたプレートを手に取って眺めながら、僕は思った。実に呆気がなかった。一体、今までの苦労は何だったのだろう。
 彼ともう一度握手を交わして、僕たちはオフィスを出た。階段を降り切ると、ブーツさんはせかせかと車に向かった。僕にも急ぐようけしかける。この通りは危険だと感じているからだ。相変わらず僕にはその感覚は読み取れなかったが、急かされるままに車に乗り込んだ。すると、ブーツさんはエンジンをかけるや否や車を発進させた。
「右はいいわねー!」
 そう聞きはするものの、僕の言葉を待つことなく、結局、右の確認をしないままブーツさんは車道へと車を滑り込ませアクセルを踏み込んだ。
「車が来てたら衝突だな。」
 僕は一瞬ひやりとして、内心そう思っていた。


 受け取ったプレートは、厚紙で作られていた。大きさは日本の車のプレートと同じくらいだろう。
 裏には、英語で上に「D・C政府発行」の大きな文字と、その下に数行の項目が箇条書きにされていた。後になって調べた事だが、この用紙は防水加工がされている、二枚はそれぞれ車の前後に取り付ける事、他人への譲渡や他の車への使用を禁止する、使用中は大切に保管し使用後は破棄若しくは返却すると言った事柄だった。表には、上段中央に大きく「DISTRICT OF COLUMBIA」の文字が入っている。ワシントンD・Cの「D・C」がこの略語である。その下に、「30DAY TEMPORARY TAG」。直訳すると、三〇日間の仮の札と言う事になる。左サイドにはJANからJUNまでの、右サイドにはJULからDECまでの月がそれぞれ縦に並んでいて、九月であるSEPにパンチで穴が空けられていた。下段には、1から31までの数字が並んでいて、25に穴が空いている。九月二五日がこのプレートの有効期限ということになるのだろう。僕にはそれだけあれば充分だった。そして、オートバイのメーカーや年式がマジックで書き込まれ、中央に大きく「DX02607」と印刷されていた。この番号こそが、GPZがアメリカで走ることを許可された番号なのだ。そして、この白地にグリーンの文字が印刷されただけの、ただの厚紙が、今までどうしても手に入れられなかった代物だったのだ。ようやく僕はそれを手に入れたわけだが、あまりに呆気なかったせいか、今ひとつ喜びの実感がなかった。

 

 シルバー・スプリングにあるガーフィールド・アベニューへと僕たちは向かった。その二七一〇番地に、「DOLLY'S TOWING」、ドリーのけん引会社があり、僕のGPZが保管されているはずなのである。
 建つ家々も疎らな郊外の静かな場所で、「DOLLY」の古ぼけた看板が目に入った。表の整地されていない空き地には、あの日見たのと同じようなレッカー車が三台停まっていた。屋根の高いバラックのような建物があり、入り口のシャッターが大きく開けられている。どうやら、ここが事務所のようだった。
 僕たちは車を降りて建物に入った。中の様子は、一般の車の修理工場などと同じである。エンジンを降ろされた錆だらけの車が、タイヤの代わりにブロックの上に乗っかっている。大きな工作機械のようなものや、チェーン、工具、そして、さまざまな道具などが床に置かれたり、壁に掛けられたり、或いは天井から吊り下げられていた。片隅にはスチール製の事務用デスクが置かれ、セットになっている車の付いた椅子はシートが破けたままになっている。床はコンクリートが敷かれているが、ここにある全ての物がそうあるように、油で黒ずんでいた。倉庫の中に人影はなく、古ぼけた大型の扇風機が壁際でぶんぶん回る音だけが聞こえていた。外は暑いのだが、風通しが良く日の当たらない分だけ中は少しひんやりしているように感じられた。
 奥の方に、GPZが置かれているのが目に入った。油だらけのモノクロームな色彩の中で、赤いカラーリングが鮮やかに見えた。近寄ってみると、きちんとセンター・スタンドが立てられ、油が付いている様子もなかった。大事に保管されていたようで、その姿を見て僕は安心した。
 突然、倉庫の中に造られた小部屋の引き戸がギシギシと音を立て開き、これも油だらけのつなぎを着た男が姿を見せた。ラジオか何かの音楽が部屋から漏れてきた。
「ドリーさん?」
 ブーツさんが声を掛けると、男は首を横に振った。ここの従業員のようである。
「プレートと書類を出して。」
 ブーツさんに言われ、僕はそれらをつなぎの男に渡した。ブーツさんと男が会話をするのを、いつものように僕はただ見ていた。男は表情をあまり変えることはなかった。相手の目をじっと見て話を聞き、穏やかな表情でゆっくりと話す。両方の腕は大きく動くが、その動きもゆっくりとしていた。そのうちに、男は事務所の中に戻って行った。しばらくして出て来た男が僕に手渡してくれたのはGPZの鍵だった。鍵を受け取った僕に、男はかすかにほほ笑んだ。そして、男はGPZを指して何か言い、そのまま事務所へ戻った。


 前を行く黒塗りのキャデラックに付いて走った。僕は、GPZのボディの重さと、蒸すような暑さを久しぶりに全身に感じていた。全てが、今の僕には嬉しく懐かしかった。
「スプロケットの調子が悪いので、オートバイのショップに寄りたいんです。」
 出発前にブーツさんにそう頼んで、二台はモーターサイクル・ショップに向かっていた。信号で停車すると、ヘルメットの中で汗が滲んだ。気温も湿度もかなり高かった。アスファルトの熱に加えて、エンジンに暖められた熱気が上ってくるので暑さにも輪がかかる。最初は喘ぐようだったGPZのエンジンも、高い気温のおかげですぐに暖まり、今は九〇〇ccらしい排気音を響かせていた。アクセルの開閉とのタイム・ラグがあった吹け上がりも、今はアクセルに敏感に反応するようになっている。とにかく、このGPZのエンジンは気分屋だ。  三〇分ほど走ると、大きなモーターサイクル・ショップが見えた。道路を横切って、建物の裏に設けられた広い駐車場に二台は入った。ヘルメットを脱ぐと、暑さのせいもあってか、髪はすでにぺちゃんこになっていた。額の汗を拭い、払うように乱暴に髪を撫でた。
 店内は、かなり広かった。フロアーに置かれた什器や壁などには、様々なパーツやオイル缶などがびっしりと並べられている。しかし、ここはハーレーなど主にアメリカン・タイプ向けのショップである事に気が付いた。ハンガーに掛けられたジャケットはほとんどが革製で、背中には、髑髏の額にナイフが刺さった絵や、過激な言葉が書かれたものばかり。壁に掛けられているマフラーにもスポーツ仕様のものは見当たらず、アメリカン・タイプに取り付ける、彫り細工が施されたメッキ加工のものばかりである。
「この店にカワサキ用のスプロケットはまずないな。」


 四輪同様、二輪の世界でも日本車は世界中に広く普及していると、恐らく多くの人は考えているだろう。しかし、ここまでかなりの数のオートバイに出会ったが、日本車にはほとんどお目にかかっていない。見るのはハーレーばかりである。
 四〇〇ccクラスの中型車なら、日本にもアメリカン・タイプのものは多い。しかし、排気量別の免許の制限がなく、ハイウエイを走ることの多いアメリカでは、排気量が四〇〇ccでは物足りなくて受け入れてもらえない。世界でもトップの性能を誇る二五〇ccクラスのオフロード・タイプにしても、ハイウエイの整備されたこの国ではあまり実用的と言えない。
 日本のオートバイが四輪ほどアメリカで普及しない理由は、小型、中型、大型と細かく分けられた免許制度にあると僕は考えている。タイプの好みは人それぞれなので、免許取得者数の多い中型車にはメーカーも力を注ぎ、車種も豊富に揃えている。しかし、大型車はそうではない。中型車ほどの需要はないし、アメリカン・タイプの大型車を発売したところでハーレーのシェアは奪えないとメーカー側が思ってのことかどうかは知らないが、各メーカーともハイ・パワーのヨーロピアン・タイプの開発に力を入れている。
 年齢別に見ると、大型オートバイ購入者の割合は三〇歳台が最も多いらしい。最近までは、七五〇ccを越える排気量のオートバイは逆輸入でなければ買うことが出来なかった。しかし、逆輸入モデルは高価過ぎて、若い年齢層には手が届かなかった。四〇〇万円を越える四輪車はローン地獄に陥る覚悟で購入出来ても、二輪車の場合は勝手が違うらしい。
 それが、馬力の制限はあるものの、排気量が一三〇〇ccだろうと国内での販売が認められるようになると、価格も大きく下がり、大型車の売れ行きは急速な伸びを見せ始めた。メーカー側も大型車の開発に力を入れるようになり、雑誌やショップなどで見るライン・アップは一昔前と比べるとがらりと様相が変わった。
 今更ながらだが、後は排気量別に分かれた免許のくだらない条件など無くしてしまえば、大型車の購入者数が更に増えるのは間違いのない事だ。七五〇ccよりスピードも大きさも上回る四〇〇ccだってたくさんあるのだから、その条件自体そもそも意味をなさない。四〇〇ccのアメリカン・タイプに乗っている人だって、当然もっと排気量の大きなモデルに乗りたいと思っているだろう。そうすれば、日本車のアメリカン・タイプの需要も更に増えるだろうし、いい物を作れば海外での日本車のシェアも広がるはずである。頭の堅い役人達が、窮屈なだけで意味のない規制など緩和して行けば市場だって活気付くのだ。役人達は、その際の貿易摩擦云々についてだけ頭を悩ませていれば良いのである。


「これは、探すより聞いた方が早い。」
 僕は、ブーツさんに頼んで店員に聞いてもらうことにした。
「カワサキのスプロケットを置いてあるか、聞いてみてもらえませんか。」
「スプロケットね。」
 ブーツさんはカウンターに行き店員に尋ねた。
「オートバイを見せてくれって言ってるわよ。」
 僕は外に出て、駐車場に止めてあったGPZをショップ脇の作業場へ運んだ。
「この辺りから、ガシャガシャと音がうるさいんです。」
 僕が言うと、ブーツさんが店員にそれを説明した。そして、「グワシャグワシャ・ノイズ」で締めくくった。店員は頷いてから、センター・スタンドを立て、エンジンをかけてからギヤを入れた。後輪が空回りを始めると、チェーンはガシャガシャと不快な音を立てた。ヘルメットを被っていない今は、思っていた以上にその音が大きく聞こえた。
 こちらで走り始めてからの距離は八〇〇〇kmを過ぎている。スピードも一二〇から一四〇km/hと高速だ。日本で普通に走っている時と比べれば、各パーツの負担はかなり大きいはずである。スプロケットは消耗品だし仕方がないだろう。そう思って見ていると、店員はエンジンを止めてからしばらく観察してブーツさんに話しかけた。ブーツさんは、彼に聞いた内容を僕に伝えた。
「スプロケットではなくて、チェーンの油が切れてるって。」
「はあ?」
 店員は、作業場に造り付けてある棚からオイルらしい液体の入った容器を持って来て、もう一度エンジンを掛け、チェーンにオイルを少しずつ垂らした。すると、ノイズは聞こえなくなった。
「なに?ただのオイル切れじゃないの。」
 僕に向かって言ったブーツさんの表情には、明らかに呆れた様子が見て取れた。
「いや、そんなハズは。」
 スプロケットの山は少しずつ擦り減っていくので、目には分かりにくい。最初にどのくらいの山があったのかをはっきりと覚えいる訳でもない。ただ、経験からこの音はスプロケットの摩耗からくるものだと思い込んでいたし、実際に摩耗しているように僕には見えた。
 僕のそんな思いを察したのか、店員は僕に手招きをして隣りに置いてあるハーレーを指さした。地面すれすれまでにロー・ダウンされたそのハーレーには、長いフロント・アームが取り付けられ、細いフロント・タイヤは随分と遠くにあった。タンクには色彩豊かにファイアー・パターンが描かれ、これも地面すれすれのマフラーは鏡のように輝き、唐草模様にも見える彫刻が施されている。
「これは、直進するためだけに造られたオートバイか?」
 しかし、店員はどうやらスプロケットを見ろと言っているようだった。見ると、それは今のGPZのものとそう変わりはなかった。これで決定的となり、プロの意見に脆くなりかけていた僕自身の考えは、完全に崩れ去った。


 ショップを後にして、二台でブーツさんの自宅へと向かった。キャデラックの助手席には、買ったばかりのチェーン用オイルが置かれている。時折頭を下げてチェーンからの音を聞いてみようとしたが、今は静かなものだった。
 ハイウエイを降りてからは自然に囲まれた静かな道路に入り、緩い勾配とカーブが続いた。小さな路面の傷やギャップ、石ころや道端に生えた雑草など、車の助手席に乗っていた時には目に入らなかったものの一つ一つが、オートバイに乗っているとよく見えた。周囲の景色を眺めることは出来ても、車が自然の中に別の居住空間を造って移動するのに対して、オートバイは自然に身を晒して、それを全身で感じながら移動することが出来る。気温や太陽の温もり、風、匂いなど、変化する様々な自然の息吹を感じながらその中に溶け込んで行ける。僕は、ヘルメットの中で何度も深呼吸をした。なぜか、ふいに東京のコンクリート・ジャングルを思い出し、僕は複雑な心境に捕らわれた。そして、今の時間がどれほど素晴らしいものなのかを改めて感じた。
 キャでラックにただ付いて走ってきたので道順はほとんど覚えていなかったが、ようやく見覚えのあるロータリーに着いた。ゆっくりと大きくボディを揺らせながらロータリーに降りるキャデラックに僕は続いた。
「どう?久しぶりに乗った感想は。」
 僕はヘルメットを脱いで、髪を乱暴に撫でた。
「最高ですね。」
「コーヒーでも飲む?」
「いただきます。」
 僕は、周囲の景色を見回して大きく背伸びをしてから家に入った。


「また、あちこち電話しておかないとね。」
 D・Cから帰国するための手続きを済ませておいたので、それらを全てキャンセルしなければならなかった。前回とは違って、今回はうれしい変更手続きである。
「そうですね。」
 外は暑かったが、窓を開けてあるので空気が通り抜け、木造の家の中は湿気もなく心地良かった。コンクリートで埋められた、うだるような暑さの東京で暮らしているから余計になのだろうが、ここの素晴らしい環境は羨ましい限りである。無い物ねだりの欲望かも知れないが。
「電話をお借りしていいですか?」
 僕は、メモを手にして立ち上がった。
「どうぞ。」
 静かな部屋の中に、蝉の声と鳥のさえずりだけが聞こえている。ブーツさんは、ゆっくりとコーヒーを飲み始めた。


 「もう一日ゆっくりして行けば?」
 手続きの電話を終えた僕に、ブーツさんはそう言ってくれた。
 まだまだ話もしたいし、楽しかった昨夜の夕食を思い出すと、僕にもそうしたい思いはあった。ここにいれば、アメリカで暮らしているような気分にだってなれる。しかし、五日間もの足止めを食らって僕にはあまり時間がなかったし、走り出したいという気持ちも押さえ切れなかった。
「本当に、ありがとうございました。でも、出発します。」
「そうね。やっと走れるんだものね。」
「ええ。その前に、お支払いをしないと。」
「今、領収書を書いてくるわ。」
 そう言って、ブーツさんは部屋を出た。僕は、カップに残ったコーヒーを飲み干して、煙草の火を消した。それから立ち上がって両肩を大きく回した。
「さあ出発だ。」
 五分ほどで、ブーツさんは白い便箋と封筒を手にして戻って来た。上質の紙で出来た便箋には、上の方にブーツさんの職業とアドレスなどが印刷されている。その下に、手書きの二行の英文とサイン、それと今日の日付が書かれていた。僕は、そこに書かれてある金額六五〇ドルを財布から取り出してブーツさんに渡した。決して安い額ではないが、僕が得たものの価値はそれ以上だった。


 どこかに出掛けていた御主人も丁度戻っていた。
「本当にお世話になりました。」
 僕は、オートバイに荷物を縛り付けておいてから、丁寧に夫妻に礼を言った。紙のプレートは、目立つように荷物の後ろに縛ってあった。オートバイを眺めていた御主人がブーツさんに何か話しかけた。
「速そうなオートバイだな、気を付けてだって。」
「日本に帰ったら手紙を出します。」
 僕の言葉をブーツさんが御主人に伝えると、彼は笑顔で手を差し出した。その大きな手を僕はしっかりと握り、お互いに力強く振った。
 僕は、オートバイに跨がってエンジンを掛け、並んで手を振る二人の笑顔を見た。それから、小さく頭を下げてギヤを踏み込んでクラッチをつないだ。


 また一人での旅が始まった。ブーツさんに教えてもらった道順に従って、森に囲まれた静かな道をオートバイを走らせた。一度、大きな交差点を右折するのを間違えたらしく山の中へと入って行き始め、慌てて後戻りをした。こんな事も楽しいものだ。
 正しいルートに戻ってしばらく走ると、ハイウエイ入り口の標識が見えてきた。ハイウエイに乗ってから、僕は思い切ってアクセルを開けた。スピードが増すにつれて強くなる風の抵抗を押しのけて、GPZの馬力にものを言わせて加速した。再び、独りぼっちで大地に放り出された感動が、アクセルを回す右手を緩めさせなかった。僕は、ヘルメットの中で何度も奇声を揚げた。


 一旦ワシントンD・Cに戻った。
 街は通り雨が抜けた後らしく、どこも路面が濡れていた。遅れた分を取り戻したいので、南に向かって出来る限り遠くまで走りたかったが、あいにく南の空には黒く厚い雲がかかっていた。雲までは距離がありそうだが、黒いカーテンを垂らしているような所も見える。視界の広いアメリカでは、遥か先にまで底の平らな雲が漂う姿が見える。黒くカーテンが垂れ下がっているように見えるのは雨が降っている所だ。おそらく、二時間と走らないうちにその下に入ってしまうだろう。
 僕はI−95を南に向かった。間もなくしてガス・スタンドの標識を見て一般道へ降りる。大した距離は走っていないのだが、この辺りからもう小雨が降り始めていた。スタンドに入ってポンプの前に付けると、従業員が近づいて来た。どうやら、ここはフル・サービスのスタンドのようだった。僕はヘルメットを脱ぎ、スタンドを立てずにオートバイを直立させたまま給油口を開けた。
「プレミアム。」
 僕がそう言うと、若い従業員は黙って頷いた。彼はノズルを給油口に差し込んでから、珍しそうにオートバイを眺めていた。
「How fast?」
 そう言って、彼はスピード・メーターをのぞき込んだ。途端に、彼は両手で頭を抱えるような仕草をして大きな声を上げた。
「Jesus!」
 まったく大袈裟な人種である。
 彼が驚いた理由はすぐに分かり、僕は吹き出した。僕は、メーターを指して彼に言った。
「キロ・メートル。」
 それを聞いた彼は、なるほどと納得したように何度も頷いていた。
 アメリカで距離を表す単位はマイルなので、彼はメーターの数字をマイル表示だと思ったのだろう。GPZのメーターには二六〇までの目盛りがあるが、これがマイルなら時速四〇〇km以上のスピードが出ることになる。それは驚く。時速三〇〇kmを出せるオートバイはあるが、四〇〇kmを出せる市販オートバイなど聞いたこともないし、第一にそんな化け物はお上が許可しない。


 ハイウエイに戻ったが、空模様は怪しくなる一方だった。東海岸に来てから、ずっと不安定な天候が続いている。湿度も高く快適とは言い難い。時計の針はもうじき六時を指すが、雨雲が太陽の光を遮っていて実際より時間が遅く感じられた。
「夏時間でなければ七時か。」
 六時は六時でいいはずなのだが、つい換算してしまう。六時ではまだ時間が勿体ないが、七時ならモーテルに入ってもよかろうとの打算が働くのだろう。バージニア州に入って間もなく、「Alexandria」と書かれた標識を見て僕はハイウエイを降りた。
 降りてすぐの所に、MOTELの青い電光の看板が立っていた。レストランも隣にある。ツイているようだ。
 モーテルの前にオートバイを停め、僕はフロントらしき建物の部屋に入った。中には誰もいなかった。カウンターの上に小さな銀色のベルが置かれていたので、僕は、そのベルの頭を叩いた。
「チーーーーーン。」
 思った以上に大きな音が響き僕は驚いた。余韻が狭い部屋の中で行ったり来たりして消え去らないうちに、奥の扉が開いて髭面の男が出てきた。
「また髭面か。」
 今日三人目の髭面である。
 髭面が一人かと尋ねてきた。そうだと答えると、ヘルメットを抱えた僕を見てモーター・サイクルかと尋ねる。もう一度そうだと答えると、彼は用紙とペンを出してきてカウンターの上に置いた。宿泊名簿とでも言えばいいのだろうか、毎度同じようなこの用紙に、毎度同じような事柄を記入するのも久しぶりである。嬉しいような気持ちで、名前や住所、免許証の番号などを僕は書き込んだ。そして、初めてプレート番号の欄を埋めた。「プレートはないんだ。」そう言って、いぶかしげな視線を向けられる事ももうないのである。
 僕は、鍵を受け取って部屋に入った。D・Cのホテルと比べると当然レベルはかなり落ちるが、却ってこの方が気が落ち着くようだった。荷物を降ろして、僕はすぐにシャワー・ルームに入った。


 シャワーを浴びてから、部屋を出て隣のレストランに入った。店内は空いていたので、適当な席に腰を下ろした。
「飲み物は?」
「ビールはありますか?」
 レストランに入ってからの僕の第一声は、ほとんどがこれである。これまでにビールを置いていないレストランに何度か入った事がある。そんな時は、運が悪かったのだとコーラで我慢してきた。ノーと言われるかイエスと言われるか、毎回ながら緊張する瞬間である。
「あるわよ。」
「じゃあ、ハイネケンを。」
 よかった。今日はまた特別に喉が渇いていたのだ。やはり今日はツイているようだ。
 結局、ステーキを平らげる間に三本のハイネケンを飲み干した。疲れのせいもあってか、煙草に火を点けると、これも毎度のように頭がふらふらしてくる。後はバーボンを注文して今日の夕食を締めくくるわけだが、酔いに任せてこうして書いている日記の文字は全く読めたものではない。文法もかなり怪しい。


 今回、ワシントンD・Cで五日間の足止めを食らった。しかし、仕事とは言え、ブーツ夫妻の暖かいもてなしを受け、思い出に残る時間を過ごすことが出来た。まさかこんな形でアメリカの家庭に迎えられる事になるとは思いもしなかった。楽しい夕食の時間と、たくさんの会話。一夜を過ごす部屋も提供して下さり、夫妻のご親切には深く心から感謝する。また、こうして再び旅を続けられる事になったのも夫妻に出会ったおかげである。本当に有り難うございました。旅とは、良いものである。





二二日、二七日併せた走行距離 二七九km/八六四五km
八月二七日 二一時一五分


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