BALTIMORE
ニューヨークでの朝を迎える。正確には、川を隔てたニュージャージー州にいるのだが、ニューヨークにいるのだと思うことにしている。昨夜が遅かったため、一〇時近くになっての起床となった。いつもの事と言えばいつもの事である。
天候は悪くなかったが、街はもやがかかったように少し霞んでいた。熱気に包まれていたニューヨークも、夜の内に空気は適度に冷やされ、心地のよい朝を迎えている。のんびりと髭を剃り、歯を磨いて顔を洗う。気分がさっぱりして、今日一日の期待と緊張が全身に心地よく張り詰めていた。
トイレに入り、用を済ませて水を流した。すると、水は流れる事なく便器に溜まり始めたではないか。オロオロするばかりの僕の目の前で、水位は容赦なくじわじわと上がって行く。そして、氾濫寸前のところでようやくそれは止まった。
「まいったな、どうしよう。このまま知らん顔して出て行くか?いや、日本人代表として、そんな恥知らずなことをするべきではないだろう。」
しばしの葛藤の末に、僕は電話の受話器を取ってフロントの番号を押した。
「フロントデス。」
しかし、僕はここで言うべくセリフを用意していなかった。単語をつなげて文章を作ろうにも、慌ててしまって頭の中は空回りした。
「ア−、トイレノミズガ、アー、ノーゴボゴボ。」
咄嗟に、英単語に擬字音を混ぜた意味不明の言葉を僕は吐いていた。
「・・・?」
電話の向こうで何か言ったようにも聞こえたが、すぐに通話は切られた。
ベッドの端に座り込んでいると、五分ほどして、ドアをノックする音がした。僕は立ち上がってドアを開けた。ドアの前には、従業員と思われる作業服を着たガッシリとした体格の黒人男性が、シュポシュポを手に下げて立っていた。シュポシュポが、やけに小さく見えた。
「アリガトウ。ジブンデヤリマス。」
「Oh,Thank you.」
喜ぶ彼の手からシュポシュポを受け取り、満々と水を湛えた便器に、僕はゆっくりとそれを差し込んだ。そして、二度、三度と、小さくゆっくり上下に動かした。すると、水は濁流となって中に吸い込まれて行った。
「アリガトウ。アラッテオキマシタカラ。」
「Have a nice day.」
「アリガトウ。」
朝のすがすがしい気分は、すでに萎えきっていた。
チェック・アウトを済ませてオートバイを始動させる。エンジンには問題は無さそうだが、やはりスプロケットが気になった。今すぐ空回りを起こしそうなほどではないが、ガシャガシャと音を立てて走るのも格好が悪い。早く交換しなければならない。
マンハッタンに渡るために、僕はホランド・トンネルに入った。このトンネルに入るのもこれで何度目だろうか。しかし、今日が日曜日だからだろう。昨夜の混雑ぶりが嘘のように道路は空いていた。
トンネルを出るとダウン・タウンに入る。右手にチャイナ・タウンが見えてきた。今まで見てきたアメリカの街は整然とした美しい街が多かったが、マンハッタンは全体がごちゃごちゃとしている。そんな中にあっても、派手な看板に埋め尽くされ、独特の極彩色に彩られたチャイナ・タウンの街並みは、格別に猥雑な雰囲気がある。店の看板が道路にまでせり出し、路上には紙切れなどが散らかっている。この様子を活気と見る人もいれば、不快に感じる人もいる。僕の場合は明らかに後者だ。
欧米の多くの国では、個人の主張より全体としての景観を大切にする場合が多いように思う。それに対して、日本も含めたアジアの多くの国では、全体の景観より個人の主張が優先されているのではないだろうか。もちろん、シンガポールなどのような例外の国もある。ただ、吐き捨てを憂慮するあまり、ガムの販売禁止までもを法律で定めてしまうのもどうかとは思うが。
日本では、皆自分の建てたい家やビルを建てる。自分の土地に建物を建てるのだ。建築物の外観や色などを規制する条例などほとんどの地域にはないのだから、それがよっぽど周囲の住民に不快感を与えるものでもない限り、他人に文句を言われる筋合いはない。皆、そう思っているのだろう。確かにもっともである。そして、十人十色の建物を建て、美観とはほど遠い、まるで計画性のない町並みが出来上がる。
古びた雑居ビルが立ち並ぶわずかな隙間に、押し潰されそうな小さなビルを建て、アクの強い塗装を施して派手な色の仰々しい看板を取り付ける。林立する電信柱を垂れ下がった電線が縦横に縫って走り、見上げればカラスがとまって騒いでいる。不動産や金融業者などの捨て看板が我先とばかりに至る所に置かれ、ピンク・チラシが何重にも張り付けられている。洒落たマンションができたなと思っていると、一カ月と経たないうちに実に色とりどりの布団がベランダ側の壁一面を覆う。道路脇に少しでも空き地などあろうものなら、瞬く間に、空き缶や、ゴミの入ったビニール袋で埋め尽くされる。
車一台がやっと置けるようなスペースに「私有地 立ち入るな」の看板。どこの駐車場にも「無断駐車は○万円申し受けます」。国や自治体が管理する道路際の空き地には、「道路予定地」の看板と、鉄パイプを組み合わせただけの寒々とした柵。踏み切りには、目立つ色で大きく「遮断機をくぐるな」と書かれている。誰でも危ないのは知っているし、それでもくぐる者はくぐる。官民そろって何か書かなければ気が済まない。美しく飾ることよりも、まず看板や注意書きを飾ることを思い付いている。
自己責任の管理はできないが、主義主張だけは他人の権利の上にあぐらをかいてでも大声で唱える。町の景観を大切にする京都には、条例によって看板のイメージ・カラーを変更させられた大手ファースト・フード店があるらしい。東京でも皇居周辺に行けば、整然と落ち着いた美しい空間が広がっている。迎賓館周辺の眺めなどは素晴らしい。横浜にも神戸にも、一貫した趣を漂わせる街並みがある。何故か、日本ではそれが全ての地域で出来ない。商業のためなら、美しい海岸線だって躊躇することなく埋め立ててしまう。
個人主義で自己主張の強い欧米人が全体の景観を優先し、全体主義で何に付け横並びを良しとする日本人が自分の都合を優先させる。まったくおかしな話である。勉強ばかりを頭に詰め込んで、競争の中だけで育ってきたために、心の潤いを欠いているのかも知れない。
昨日見かけたハドソン川近くのオートバイ・ショップへ行ってみたが、今日もCLOSEDの看板がドアに掛けられていた。僕は、ニューヨークでのショップ探しを諦めて、近くのスタンドでガソリンを補給してから街を出ることにした。早く都会の喧噪を抜け出して視界の広がるハイウエイに解放されたいという思いも募っていた。
ウエスト・サイド・ハイウエイに乗り、ヘンリー・ハドソン・ハイウエイからジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ってマンハッタンを後にする。それからI−95に乗って一路南を目指した。シカゴ辺りから有料道路が多くなってきたが、途中、料金所が何カ所もあり、その度に三、四kmほどの渋滞ができる。料金は一ドルから三ドルと安いのだが、これは何事にも合理的なアメリカらしくはないなと思いながら、おとなしく渋滞の列に並んでいた。日本でなら、車の横をすり抜けて走り、前の方で割り込んだりするのだが、オートバイを滅多に見かけないアメリカでは、そんなことをして良いものかどうか分からなかった。
マンハッタンを後にして五〇マイルあまり。アメリカ合衆国誕生の地フィラデルフィアに入る。今日走ってきた、ニューヨークからフィラデルフィアまでは、全米のハイウエイで最も交通量の多い区間らしい。途切れることなく車が連なり、開放的なツーリングとはほど遠かった。
フィラデルフィアを通過してさらに南下する。面積がハワイ州の三分の一にも満たないデラウェア州の北部を一〇分ちょっとで通過して、ハイウエイはメリーランド州に入った。後に、その名前を聞くだけで苦い思い出が蘇ってくることになる州である。アメリカの首都であるワシントンD・Cに接しているために、高級官僚が多く住み、国家安全保障局(NSA)も、このメリーランド州に置かれている。つまり、警察の目の非常に厳しい州なのである。アメリカで最も厳しい州なのだと後で聞かされるが、時すでに遅しだった。
ボルティモアに入った所で、僕はハイウエイを降りた。
ここまでは、L・Aで立てた計画より二日早く到着したことになる。まるで、スケジュールとレースをしているようだ。割と早い時間にモーテルにチェック・インして食事を済ませる。テレビなどを見て久しぶりに部屋でのんびりと過ごしているが、肝心の番組の内容はと言うと、相も変わらずチンプンカンプンだった。
走行距離 四二六km/八三六六km
八月二二日 二一時二五分
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