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8.4 SANTAMONICA ≫≫

HOLLYWOOD


Chapter.6

 下の通りを走る車の騒音が、開けた窓から入ってくる。いつもと違う空気の匂いに、かすかな緊張を伴って目が覚めた。机の上に置いてある腕時計を取り上げると、午前九時を少し回っていた。

 支度を整えてから一階に降りる。時間はたっぷりあるので外に出て朝食を取ってもよいのだが、何となくそれも面倒に思われた。レストランを覗くと、中には小さな子供を連れた家族が一組いるだけだった。両親は若そうにも見えるが年食っても見える。白人の年齢はどうにもよく分からない。
 レストラン入口の手前両サイドには、それぞれ大きな皿に盛られた、パン、サラダ、卵料理、フルーツや、デキャンタやポットに入れられた、ミルク、オレンジジュース、コーヒーなどが、白いクロスをかけられた二脚のテーブルの上にところ狭しと並べられていた。いわゆるバイキング形式である。トーストとコーヒーくらいで簡単に済ませようと思っていたので、随分と豪勢な朝食になった。
 とにかく品数が多いので、手に持っている皿はすぐに料理で山盛りになってしまう。皿の限られたキャパシティをいかに効率よく埋めるかに熱中していると、金髪をカールさせた小さな白人の男の子がレストランから出てきた。空のグラスを、両手で大事そうに持っている。彼の背丈から考えると、抱えていると表現した方がいいかも知れない。彼は、抱えていたグラスをテーブルの上に置き、たっぷりとミルクが入ったデキャンタに両手をかけた。しかし、彼の低い背丈に対して、デキャンタが置かれたテーブルは高すぎた。顔の下三分の一がテーブルの下に隠れてしまっている。おまけに、デキャンタは彼の背丈の三分の一はあろうかという大きさで、まるで持ち上がりそうにはなかった。中の両親の様子を窺うと、我が子のいたいけな努力には気付いていないようだった。
「手伝おうか?」
 しばらく様子を見ていたが、気の毒になって僕は声をかけた。
「イエース。」
 彼が小さな声で照れ臭そうに答えるので、思わず笑った。しかし、それが完璧な英語の発音であったことに気が付き、生意気なと一瞬思ったが、それは当然のことであった。
 いっぱいにミルクが入ったデキャンタを持ち上げると、これが意外と重かった。これでは、この小さな子にはとても無理だろう。グラスに七分目辺りまでミルクを注いでやると、彼はそれを再び両手で大事そうに抱え、肩でドアを押して両親の元に戻って行った。

 かなりの量を腹に詰め込んで、僕はレストランを出た。食欲も確かにあったが、バイキング形式だとつい食べ過ぎてしまう。その凡人ぶりが、我ながら少し悲しかった。
 部屋に戻ってラジオを付け、コーヒーを入れて煙草をくわえる。
「ふぅ、何をして過ごそうか。」
 煙を吐き出しながら、一人ぼやいた。突然、予定外にぼっかりと空いた時間を、持て余している。これがいつまで続くのか目処が立たないので、余計にたちが悪い。
 机の上に広げた荷物を何の気なく見ていると、保険会社の小冊子に目が止まった。掛け金が安かったので、航空券を申し込むついでに旅行保険に加入したのだが、その時に渡されたものだった。暇つぶしにページをめくってみると、トラブル時の相談の受付けの他に、現地でのホテルなどの案内や予約などのサービスも受けられると書かれていた。クレジット・カードを持っていれば同様のサービスは受けられるが、僕はクレジット・カードは持たないことにしている。
 営業所の一覧が書かれたページを開いて、最寄りの営業所を探して僕は電話をかけた。二度の呼び出しの後、日本語で女性の声がした。
「モーテルを探しているのですが。」
 そう言うと、相手の女性はまず僕の名前と保険番号を確認し、それから予算と場所を尋ねてきた。
「四日間くらいなのですが、サンタ・モニカの辺りで、出来るだけビーチに近くて安いモーテルはないでしょうか。」
 夏のリゾート地の、しかもシーズン真っ盛りだというのに、我ながら言いたいことを言ったものである。予定外に空いた時間であるが、どうせなら、これからの数日間を海岸の近くでゆっくり過ごしたいと思った。街は、すぐに飽きてしまう。
「夏の間、ビーチ近くのモーテルは空きが少なくて、割増料金を取る所も多いですよ。」
 彼女はそう釘を刺してから、電話を保留した。
 しばらくして電話口に戻った彼女は、サンタ・モニカとベニス・ビーチにある二軒のモーテルの名前と料金を教えてくれた。僕は、より料金の安いサンタ・モニカのモーテルを選び、予約をしておいてもらえるよう彼女に頼んでおいた。
 彼女はどんなオフィスで仕事をしているのだろう。理由はないが、受話器を置いてからふとそんなことを考えた。大きなビルのワン・フロアーを占める大きなオフィスなのか、それとも、小人数でパソコンを数台置いてあるだけの、小さな雑居ビルの中なのだろうか。両方を思い浮かべてから、後者の方がいいなとこれも大した理由もなく考えたが、すぐにそのことは頭から消えた。

Chapter.7

 モーテルを出て、昨日と同じようにハイランドAveを南に向かって歩いた。ハリウッドBlvdとの交差点に着いてからは、昨日とは反対に西の方角に足を向けた。
 L・Aは、車がなければ生活が出来ない町であるとよく言われている。実際、ようやく営業を始めた地下鉄も、この広い町でレッド、グリーン、ブルーのまだ三路線だけである。時間や場所によっては渋滞も起こるとは言え、整備されたハイウエイが無料で利用出来るのだから、確かに東京と違って車の方に分がある。
 ユニバーサル・スタジオ、グリフィス天文台、ダウン・タウン、ロング・ビーチ、ディズニー・ランド、ナッツベリー・ファーム、サンタ・モニカ湾にある幾つかのビーチ、などなど。半径数十kmにわたって散らばっているこれらの観光地を我々旅行者が訪れようとすれば、レンタカーを借りるか、バスを利用するか、タクシーを使うしか方法はないだろう。
 まずタクシーだが、この広い町で何日もかけてどこへ行くにもタクシーと考える人には、僕などに申し上げられることは何もない。
 次にレンタカーを借りようと思えば、日本にある旅行会社などからでも、予約は簡単に出来る。日本と同じように車種や借りる時間によって料金が分けられるが、アメリカでは走る距離によっても変わってくる。数百kmから千km近い移動が一日で簡単に出来る国なので、これは当然かも知れない。また、州や都市によっても料金に大きな差があるが、一般的なサイズの車種を一週間レンタルした場合、料金はおおよそ三〇〇ドルくらいだろう。ただし、年齢が二一歳に満たない人は、例え国際免許証を取得していても、アメリカではレンタカーを借りることが出来ないので注意が必要だ。何故なのか、その理由は知らない。例えば、海岸沿いのルートを、カリフォルニアの陽気に包まれてオープンカーでも走らせれば、おそらく気分はすこぶる爽快に違いないだろう。ただ、左ハンドルに右側通行など、日本とは状況が異なる点の多い事も確かである。右ハンドルに慣れた人が初めて左ハンドルの運転席に座ると、相当な違和感を覚えることはまず間違いない。運転中に犯罪に巻き込まれるケースもよく耳にするので、いきなりレンタカーを借りて走ると言うことには抵抗のある人も多いだろう。
 最後にバスはどうだろう。まず、二五〇ほどもの路線でL・A全体をカバーしているRTDを利用すれば、大抵の観光地へ行くことが出来る。行先や、ダウン・タウンを起点とするかしないか、各停か急行かなどによって、路線は細かく七〇〇ほどに区別されている。ただ、この路線は頻繁に変更され、親切な日本のバスと違って車内アナウンスもなければ停留所には名前も書かれていない。行先をしっかり確認して、通りの名前などを注意して見ていなければ、目的地に行くことは出来なくなる。また、降車の際にドアを自分で開けなければならないなど、気を遣うことも多い。しかし、旅の中では、その程度のことなど大した面倒ではないだろう。料金は、一ドルから三ドル程度で利用出来る。
 リトル・トーキョー、チャイナ・タウン、シビック・センター、現代美術館など、ダウン・タウンの中で移動をするなら、ダウン・タウンだけを走る路線バスDASHがある。DASHは、本数が多く路線も分かりやすい。停留所に行けば路線図が書かれてあるし、料金も二五セントと安いのが魅力的である。
 他に、スター・ラインやグレー・ラインなどの、大手観光バス会社も利用価値大である。これらは、ホテルで申し込みをしておけば、そのホテルの前まで迎えに来てくれる。行く先によって二時間程度から丸一日かけて主要な観光地まで運んでくれ、帰りもホテルまで送ってくれる。料金は所要時間にもよるが、二五ドルから五〇ドル位。その他にも、ツアーとしての観光バスはたくさん出ている。
 こうしてまとめてみると、数あるバス会社の中から、行先や目的に合ったものを選んで利用するのが、この町での最も安心で、かつ手っ取り早い移動方法かも知れない。最後に断っておくが、僕自身はこれらバス会社とは一切関係はない。

 はなから市内観光には興味を覚えない僕は、それらのどの交通機関も利用せず、徒歩で行ける限られたエリアの中で徘徊した。こうして、のんびりと歩くことでしか見えてこないものが必ずあるのだ、とは言い訳かも知れない。
 ハリウッドBlvdを、西に二、三〇〇メートルほど行くと、チャイニーズ・シアターの前に出た。大勢の有名スターたちの手形が庭に残されていることで有名な、あの場所である。足元ばかりを見ながら歩く人たちの背景に建つシアターは、奇抜な装飾に飾られ、派手な朱色のペイントが塗りたくられた、雑多な雰囲気の通りの中にあってもアクの強さでは際立った建物だった。取りあえず見ておこうと思って来たのだが、そのアクの強さは、個人的には苦手とするものだった。

Chapter.8

 午後四時を過ぎて、まだ明るいうちにモーテルに戻ってきた。
 部屋に入り、ポケットの中のコインとくしゃくしゃの紙幣を、机の上にばらまける。くしゃくしゃの紙幣は自分でそうしたのではなく、手にした時には既にそうなっていた。コインの方はと言うと、これが昨日から増える一方なのである。今日もトラベラーズ・チェックを持って出掛けたのだが、買い物をして渡されるお釣りは、当然紙幣やコインである。紙幣は簡単に使うことが出来るが、コインは、少々ややこしいのである。何を言っているのだ、と思われている方もいるかも知れない。説明しよう。
 日本では、一円、五円、一〇円、五十円、一〇〇円、五〇〇円の硬貨が使われている。これらのコインを使って八〇円の支払いをするなら、例えば、五〇円玉と一〇円玉が三枚でいい。簡単だ。
 一方、アメリカで使われているコインは、一セント、五セント、一〇セント、二五セント、五〇セント、一ドルである。このうち、五〇セントと一ドルのコインには滅多にお目にかかれないので、実際には一セントから二五セントまでの四種類のコインを使うことになると考えていい。そこで、八〇セントの支払いには、例えば二五セント・コインが三枚と五セント・コイン一枚でいいのだが、ちょっと考える。二十五セント・コインがポケットに三枚もあることも、そうはないかも知れない。さらに、これが九一セントの支払いとなると、例えコインが余ってポケットが重かろうと何だろうと、計算が煩わしくて一ドル紙幣を出してしまう。僕は計算は苦手ではないつもりだが、一〇〇の四分の一となる二五という単位に、日本人は慣れていないのである。
 結局、そうして紙幣やトラベラーズ・チェックばかりを乱発してしまい、結果、ポケットの中はコインだらけとなる訳である。

 部屋に独りぼっちで時間を持て余したが、レストランに降りてビールを呷るには、まだ時間が早過ぎた。本も持って来ていないし、何を言っているのかさっぱり理解不能のテレビを眺めていても仕様がない。日本の友人に宛てて手紙でも書こうと思ったが、葉書や便箋などの持ち合わせもなかった。そこで、僕は紙製の買い物袋を裂いて便箋に代えることにした。どこの店に行っても、「リサイクル」のスタンプが押された茶色い紙袋に品物を入れて渡されるので、それならたくさんあった。それに、これもまた、立派なリサイクルである。ただの買い物袋が国境を越えるというのも、考えてみれば壮大な話ではないか。もっとも、元々中国あたりで作られ、海を越えてきたものかも知れないが。
 コーヒーを入れ、相変わらず意味の分からないFM放送を聴きながら、デスクに向かって僕はペンを取った。文章を綴っていると、罫線がないせいで文章が少しずつ右下がりになる。たまには上がってもよいようなものだが、僕の場合、何故か決まって下がる。紙の、つるつるしていない内側の面に、昨日L・A空港に降り立ってからの出来事を、かなり主観的に僕は書きつらねた。時に視線を宙に漂わせ、時に薄ら笑いを浮かべながら、時間をかけて文章を書き終え、茶色い紙をまた丁寧に折り畳んで糊付けし、五〇セントの切手を貼った。

 そんなことをしながらしばらく時間をつぶした後、シャワーを浴びてから、一階のレストランに降りた。食後の時間を落ち着いて過ごす事が出来るので、シャワーは必ず食事の前に浴びるのが、普段からの習慣になっている。
 レストランでは昨日と同じような注文をして、そして昨日と同じようにほろ酔い気分で、僕は部屋に戻った。そしてまた、昨日と同じように、瞬く間にぐっすりと眠りに就いた。

八月三日




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