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8.17 MILWAUKEE ≫≫

JACKSON


 I−90には戻らず、標識に従って町を抜けてSTATE16に乗る。
 この先を二五マイルほど走ったブラック・ヒルズ山地の中にマウント・ラッシュモアがある。一七〇〇mを超える岸壁にワシントン、ジェファーソン、セオドア・ルーズヴェルト、リンカーンの四人の大統領の顔が彫られた日本でも有名な彫刻だ。サウス・ダコタ州では、これが最大の観光資源になっている。せっかく近くまで来たのだから、その巨大な顔を見てみようと思い立ったのだ。燃料計を見るとガソリンの残りが少なく何とも心もとないが、有名な観光地なのだからガス・スタンドくらい幾らでもあるだろう。僕は、さして気にもせずに連なる山の中を目指した。


 山間を縫って走る道路の周囲には、観光地らしくたくさんのモーテルやレストランが並んでいる。交通量も割りと多く、大きなキャンピングカーに乗った家族連れの姿をよく見かける。目指す場所はおそらく皆同じだろう。くねくねと長い坂道が続くので、つい燃料計に目が行ってしまう。差し当たって僕が目指すのはガス・スタンドだ。
「この坂を上り切ればあるだろう。」
「あのカーブを抜ければあるだろう。」
 峠を越え、谷を越え、山の中を奥へ奥へと入る。しかし、そこが観光地だろうが何だろうが、見つからない時には全く見つからないのがこの国のガス・スタンドのようである。たくさんの車が走っているとは言え、こんな山奥でガス欠になったのではたまったものではない。次第に気が気でなくなってくる。
 燃料の残りがラピッド・シティまで戻れるだけの量を切ったところで、僕は路肩にオートバイを止めた。
「だめだな、これは。」
 もしかしたら、このすぐ先にスタンドはあるのかも知れない。しかし、そう思ってここまで走って来た。これ以上はもう進むわけには行かない。残念だが、マウント・ラッシュモア見学は諦めるほかなさそうだ。
 走っている車が途切れたところで、Uターンをして元来た道を戻った。


 ラピッド・シティで給油を済ませて、I−90Eastに乗る。間もなく、セントラル・タイムに時間帯が変わり時計の針をまた一時間進める。
 この近くにバッド・ランズという国立公園があるはずだった。直訳すると「悪い土地」と言った意味になる。風が大変に強い地域で、風の侵食によって大地が切り刻まれたようになっていることからその名が付いたらしい。かなりの距離があるようだが、ギザギザになった山のようなものがここからも見える。ひょっとするとあれがそうかも知れない。風の力も積もれば何とやら・・・。世界には実に様々な場所があるものだ。
 ラピッド・シティを出てから約二〇〇マイル。ミズーリ川が見えてきた。ハイウェイを降りて川岸に行ってみたが、地図上で見るほどの川幅はなかった。空の青さをそのまま映したような川の流れは、止まっているかのように穏やかに見える。この大河は、四〇〇〇kmにもわたってうねるようにこの大陸の遙か彼方まで続いている。目の前の流れは、ゆっくりとここまで長い旅をして来てこれからまだ長い旅を続けて行くのだ。


 アイオワ、イリノイ、インディアナなどが主な生産地だが、この辺りからトウモロコシの栽培が盛んな地域になる。トウモロコシ畑は、見渡す限りに広がる。その広大な畑の中を、幾つもの車輪をつけたやたらに長いパイプがゆっくりと移動していた。よく見ると、パイプからは何か液体が散布されている。水なのか農薬なのか分からないが、確かにこれほどの広さだ、この方法が最も効率がいいのだろう。
 どこまで走っても大地の大きさは変わることがない。荒野が続くこともあるが、緑の広がる平原を今は走っている。相変わらず空と大地との境界線は遥かな彼方にあり、穏やかな丘陵地帯や平原は果てしなく続く。空は澄んだ美しい青い色をしていて、底が平べったい雲がその広い空にまばらに散っている。猛烈な雨に見舞われることもあったが、景色は忙しく変わることはない。
 しかし、だからと言ってそれに飽きることはない。変わることのない景色の中をただオートバイを走らせているだけだが、常に新鮮な期待と感動に包まれている。
 芝生を敷き詰めたような広い土地の中に、小さく見える白い家がたまに現れる。そこで生活している人々が羨ましく思えてくる。もちろん彼らにも彼らなりの苦労があるだろうが、少なくとも今は東京での生活で身に付いた垢がきれいに洗い流されるような気持ちの良さを感じている。一体何が人間にとって一番に大切なのか?何でも簡単に得られる東京での生活が、必ずしも最も幸せな生き方でないのは確かだろう。だが、四国でののんびりした生活からも飛び出したのだ。
 まあ幾ら考えたところで答えは出ないだろう。それ以上深く考えるのはやめにした。


 ミズーリ川を渡るとスー・フォールがもう近い。ここにもスー・インディアンの名前は残っている。最初はこの町に泊まる予定にしていたのだが、まだ時間に余裕があるのでもう少し走ることにした。
 反対車線の先に、一つの小さなライトの明かりが見えた。オートバイのようだ。姿がはっきり見えるくらいにまで近づいてくると、それは黒いチョッパーに黒の革ジャン革パン、黒のサングラスに黒のバンダナとまるで黒い塊だった。すれ違う時、黒い塊が左手をこちらに差し出してきた。日本でもツーリングをしているとよく出会うが、アメリカでもオートバイ同士がすれ違う時には左手を差し出すようにして挨拶をしてくれる。反対車線まで結構な距離がある場合が多いが、僕や多くの四輪も含めてほとんどがヘッド・ライトを点けているので、相手のことはすぐに確認できる。バイク乗りに国境はないのだ。チョッパー野郎は軍団で走っていることが多いので、その時は出した手が出しっぱなしになる。それは別にいいのだが、軍団で無視されることもたまにある。その時は、出した手の引っ込みがつかずに困る。お互いの無事を願って、同じようにして黒い塊に挨拶を返した。
 I−29と交差してまもなく、「ホリネズミの州」ミネソタ州に入る。鉄鉱石の産出量が全米一を誇り、ミネアポリスと双子都市のセントポールが州都になっている。大小一五〇〇〇以上の湖が州内にあるが、ほとんどは大昔の氷河の浸食によってできたものだ。


 時差で一時間の損をしていなければもう少し距離を稼ぐところだが、ミネソタに入って七五マイルほどのところにあるジャクソンという小さな町でハイウェイを降た。
 すぐに見つけたモーテルは、敷地内にレストランを併設していた。シャワーを浴びて、いつものように地図とマジックとボールペンに日記帳を持って、今そのレストランに入ったところだ。
 今日の注文も、もちろんステーキにするつもりである。




走行距離 七二〇km/四九七三km
八月一六日 二二時三〇分


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