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8.22 BALTIMORE ≫≫

NEWYORK


「あれが自由の女神か。」
 I−81からI−80へ。周囲を山と緑に囲まれた緩やかなコーナーが続いている。まだ標高差のあるここアパラチア山脈から、金銀に輝く超高層ビル群が遠くに見えてきた。ここからでは小さな点にしか過ぎないが、緑色をした自由の女神像らしき姿も見える。
 ニューヨーク、マンハッタンが見えてきた。L・Aを出て一三日目。およそ五〇〇〇マイルの道程だった。


 以前、上野駅から一五時間以上も寝台列車に揺られて北海道へ行ったことがある。初めて訪れる北海道だった。狭い寝台の中は窮屈で、隣の二人組がいつまでも会話をやめないこともあって、僕はなかなか眠ることができなかった。それでも何とか眠りにつき、目が覚めたのは青函トンネルの中だった。しかし、そこからでも札幌に到着するまでにはまだかなりの時間を要した。札幌で列車を降りた時には、全身がだるく頭痛さえしていた。それでも、北海道まで来たんだというはっきりとした実感と喜びがその時にはあった。
 その後、何度か飛行機で北海道を訪れたが、あまりに簡単に着いてしまうためか、その時のような感動を味わうことは二度となかった。北海道なんだなという実感が湧いてきたのすら、町に出てしばらく経ってからだった。
 ニューヨークまで、成田から直行便で十数時間。飛行機なら、眠っている間に着いてしまう。でも、紆余曲折を経てたどり着いた今の感動は、飛行機でひとっ飛びで来たのでは到底味わうことは出来ないだろう。
 同時に、西海岸縦断と大陸北部横断も果たしたことになる。僕は、大きな達成感と充実感に包まれていた。そして、その喜びを押さえ切れず、ヘルメットの中で何度も歓声を揚げた。


 このまま、I−80を走って行けばマンハッタンにたどり着く。僕は、タンクに張り付けてあるクリア・ケースの中のアメリカ全土のロード・マップを、ニューヨーク市のものと交換しようとした。ロード・マップを取り出した時、風にあおられてそれは一瞬のうちに手を離れた。
 ロード・マップはミラーの中でひらひらと舞い、後続車の下に巻き込まれていった。ここまでずっと頼りにしてきた地図であり、走ってきた道程も毎日記してきた。ただの一枚の紙だが、僕にとって今では大切なものになっていた。しかし、流れの速いこのハイウエイでは、取りに戻ることもできない。しばらくは、残念で仕様がない思いだった。


 ニューヨーク州から、ペンシルバニア州の東部を横切り、ニュージャージー州へ。
 ニュージャージー州は、合衆国五〇州の中でハワイ州を除けば四番目に小さな州だが、人口は九番目に多い。そして、個人の平均所得では、ワシントンD・Cは別として、一位のコネティカット州に僅差で迫る二位だ。ハドソン川を挟んで世界経済の中心都市ニューヨークのマンハッタンに面しているため、この州のニューアークなどに本社を置く大企業も多く、マンハッタンを中心に働くエリート達のベッド・タウン的な存在にもなっているためだろう。一位のコネティカット州にも、それは同じ事が言える。
 ロード・マップを飛ばしてしまい、多少心細くもあったが、やがて、青く広い空の下に輝く摩天楼が目の前にまで迫って来た。
 高さ四四二・八メートルの高層ビルを二つ並べた世界貿易センターは、アルミニウムの壁に陽光を反射させ、ひときわ際立って見える。どのビルにも、各階ごとに取り付けられた統一されない看板や、屋上に立てられた派手な看板やネオンなどなく、ここから見る限り、摩天楼は静かで整然として見えた。
「これが、マンハッタンか。」
 ビル群の少し南に立っている「自由の女神像」の形も、次第にはっきりと分かるようになってきた。テレビなどで何度も見てきた像だ。しかし、実際にこの目で見る女神像は、大変に美しかった。マンハッタンを静かに見守るように立つ、優しく堂々とした姿に、僕は強烈に引き込まれた。それは、大変に美しい女性を目の前にした時と同じ動揺で、自分でも驚くほどの感情の高まりだった。
 I−80は、95と合流してI−80・95となる。何本かの州道が合流してきて、ハドソン・リバーに架かるジョージ・ワシントン・ブリッヂへと向かう。一昔前のアメリカの姿をそのまま残しているような、クラシカルな雰囲気の橋である。橋の途中には料金所があり、列に並んで通行料を支払う。橋を越えると、いよいよマンハッタンだ


 ニューヨーク市は、五つの行政区に分かれている。
 これから向かうニューヨーク市の中心「マンハッタン」。マンハッタンの北東部からハーレム・リバーを隔てた「ブロンクス」。ヤンキー・スタジアムがブロンクスにある。マンハッタンの東、イースト・リバーを隔てて「クイーンズ」。国際線のほとんどの旅客機は、クイーンズの南にあるジョン・F・ケネディ空港に到着する。同じくイースト・リバーを隔ててマンハッタンの南東に接し、クイーンズの南側に位置する「ブルックリン」。ブルックリンからのマンハッタンの眺めは最高だとか。そして、マンハッタンの南、アッパー・ベイに浮かぶ「スタッテン・アイランド(別称リッチモンド)」。ブルックリンとはヴェラザノ・ナロウズ・ブリッヂで結ばれているが、マンハッタンからスタッテン・アイランドへの交通手段は、フェリーしかない。以上の五地区だ。


 マンハッタンへ入り、そのまま進めばブロンクスへと入って行く。ハドソン・パーク・ウエイに乗り換える為、僕は、インター・チェンジで側道へそれた。しばらくはコーナーが続き、下を走るリバー・サイド・ドライヴとの合分流のための車線と、ハイウエイ本線とが高架になってもつれた。マンハッタン島へ渡ったことによる興奮も手伝って、それは僕にとってかなりエキサイティングな空間だった。ハドソン・パーク・ウエイの本線に入ってからは直線となり、右手にハドソン・リバーの流れを望みながら南へ走る。しばらくすると、左先にはモコモコと木が茂ったセントラル・パークが見えてくる。大きな公園だ。
「セントラル・パークのないマンハッタンなど考えられない。」
 それほど、ニューヨーク子にとってこの公園は大切なものらしい。
 都市の中に敷かれたハイウエイを南に走るに従い、「自由の女神像」の姿もだんだんと大きくなってくる。僕の気分の高まりは、終始収まることがなかった。近代的な大都市の巨大な立体空間と、そばを流れる大きな川や公園の対比。何もかもすべてが衝撃的だった。


 マンハッタンは、その中でまた細かく幾つかのエリアに分けられている。しかし、エリアを説明する前に、マンハッタンを碁盤の目に走る道路を読まなくてはならない。少々ややこしいのだが。
 マンハッタンは、ご存じの通り南北に細長い島であり、島の中心にセントラル・パークがある。
 まず、マンハッタン島を南北に走る通りは、「アベニュー」と呼ばれる。アベニューは、島の東端の1stAveから、西に向かって順に12thAveまで続いている。4thは無く、代わりにレキシントン、パーク、マディソンの三本のアベニューが並ぶ。6thもなく、その代わりにはアベニュー・オブ・ザ・アメリカが入る。よく5番街と呼ばれるのが5thAveのことで、アベニューは日本式には3番街とかパーク街といった風に表現されている。ちなみに、5番街はマンハッタンのほぼ中央、セントラル・パークの東側に沿って走っている。
 南北に走るアベニューに対して、東西に走る通りを「ストリート」と呼ぶ。マンハッタンの最南部から北に向かってウオールSt、カナルSt、ハウストンStなどが続き、その次にまず1Stがくる。これを起点として、順に2St、3Stとなり、最北端の220Stまで続いている。そして、南北に走る5thAveを境にして、東側をイースト・サイド、西側をウエスト・サイドと呼び、そのどちらにあるかで、E34StとかW34Stなどと表わす。日本式に、東34丁目とか西34丁目といった表現なら馴染みも深いだろう。
 そして、例外として、マンハッタンの北部から島の西側をほとんど真っすぐに南下し、途中から碁盤の目を斜めに走るのがブロード・ウエイだ。
 番地も、これらの通りを基準にして表示される。南北に走るアベニューに面している場合は、南から数え始めて、通りの東側が奇数で西側が偶数番地。東西に走るストリートに面している場合は、5thAveを起点に数え始めて、通りの北側が奇数、南側が偶数番地になる。例えば、ブルー・ノートの住所は131W3St(西3丁目131番地)なので、3Stの北側に面し、5番街から西に向かって131番地目にあることになる。日本領事館は299ParkAve。パーク・アベニューの東側に面し、南から数えて299番地目になる。しかし、299番地がどの辺りなのかを探すのも大変なので、こういった場合には、「48Stと49Stの間」などと補足される。これだけ覚えておけば、目的地へも迷わずに行くことができるだろう。
 日本では札幌市がこういった表示をすることで知られているが、合理的な方法であることは確かだ。


 次に、エリアだが。
 かなり広範囲になるが、セントラル・パーク以北は「アップ・タウン」と呼ばれる。アップ・タウンは、公園の東側のアッパー・イースト・サイド、ヨークビル、公園北側のハーレム、さらに北のワシントン・ハイツ、公園西側のアッパー・ウエスト・サイドに分けられ、セントラル・パークもここに含まれる。アッパー・イースト・サイドは、マンハッタンの最高級住宅地であり、特に、5thAveのセントラル・パーク沿いには高級邸宅が立ち並んでいる。
 セントラル・パークより南、42St辺りまでが「ミッド・タウン」。五番街沿いには世界の一流ブランド店が軒を連ね、ロック・フェラー・センターもここにある。ロック・フェラー・センターは、二五万人の人が働くビジネスの中心地だ。その西にブロードウェイ劇場街がある。
 さらに南に向かって、14Stまでが「ローワー・ミッド・タウン」と呼ばれ、さらにグラマシー・パークやチェルシーに分けられる。高さ三八一メートルのエンパイア・ステート・ビルがあるのがここだ。
 14Stより南、ウエスト・ヴィレッジ、グリニッチ・ヴィレッジ、イースト・ヴィレッジ、ノーホー、ソーホー、トライベッカの辺りが「ダウン・タウン」。ニューヨークの脈打つエネルギーを生み出すのがこの街である。なお、ダウン・タウンの中心部を走るハウストンStより南には、前述のストリートとアベニューの規則は当てはまらない。
 そして、再南部が「ローワー・マンハッタン」。チャイナ・タウン、リトル・イタリーや世界貿易センター、ウォール街、自由の女神像の立つリバティー島もここに含まれる。
 以上だが、文章で表すには複雑すぎたかも知れない。


 ハイウエイを降りて、僕はダウン・タウンへ入った。今までの街とは違い、ここではネオンサインや派手な看板が目に付いた。チャイナ・タウンも、奥へと続く通りが入口からのぞけるが、横浜にある中華街以上に雑多な街が続いていた。
 僕は、ブロード・ウエイを走った。有名なスポットをあちこち訪れて回るつもりはなかったので、気の向くままに街を眺めながらゆっくりと走った。カフェやレストラン、さまざまな店が並ぶにぎやかな通りで、僕はオートバイを停めた。新しいロード・マップを買うためだ。
 人通りの多い歩道を、僕はしばらく歩いた。ここを行く人達の多くは、お洒落で洗練された都会的な雰囲気を持っている。それは、他の街や、L・Aと比べてもまるで違っている。その雰囲気というのは、服装だけに現れているのではなく、歩き方一つをとっても感じることが出来る。常にある程度の緊張を全身に保たせていれば、人は美しくスマートに見えるものだ。
 大きな書店を見つけて中に入った。地図を置いてあるコーナーに向かい、僕はあれこれと広げて見た。まだまだ予定の半分は残っているので、ロード・マップは妥協するわけに行かない。全米の主要なハイウエイが都市間の距離と共に記載されているものが良いのだが、走りながら見ることが多いので、必要以上に詳細だと却って分かりづらくなる。そして、自由に折り畳んで任意の地域を表示させるために、折り畳み式の全面一枚のものが都合が良かった。
 結局、僕はランド・マーキュリー社の全米ロード・マップを買うことにした。値段は、二ドル五〇セントとかなり安かった。これを日本で買うと千円前後になるので、何とも馬鹿馬鹿しい。
 オートバイに戻ってから、東海岸のニューヨークより南が表になるように折り畳み、ロード・マップをクリア・ケースにしまった。そして、キーを挿してクラッチを握り、セル・スターターのボタンを押した。
「キュルッ、キュッ、ブォンー、プスッ。」
「・・・・。」
「キュルッ、キュルッ、キュルルルルル。」
 真夏のくそ暑い中を八〇〇〇キロも高速で走って来たのだ。エンジンが焼き付いてしまったかと思い、一瞬背筋が寒くなった。しかし、それにしてはあまりに突然すぎる。
 ニューヨーカー達が、僕に一瞥をくれて急ぎ足で通り過ぎて行く。西部や中部とは違い、この辺りは大変に蒸し暑い。僕は、ヘルメットを脱いで、大きなため息をついた。むやみにセルを回し続けても、ろくな事にならないのは分かっている。ジャケットの下で、汗が流れていた。キーをオフにしてから、僕はしばらく通りを眺めた。アメリカの大都市では、ほとんどオートバイを見かけることはなかった。珍しいのか、人々がちらちらと視線を送ってくる。派手なオートバイに東洋人が座ってぼけっとしているのだ。確かに珍しい絵柄でもあるのだろう。一息ついてから、僕は、もう一度キーを回してセル・ボタンを押してみた。
「キュルッ、キュル、ブォン、ブォー。」
 よかった。旅は続けられそうだ。クラッチをつないでギアを踏み込み、僕はGPZを丁寧にスタートさせた。


 エンジンの方は大丈夫だったが、スプロケットを早く何とかしなければならない。
 実は、ここに来る途中、ペンシルバニア州内のハイウエイ沿いに、オートバイ・ショップがあった。看板にはKawasakiの懐かしい文字も書かれていた。
 これなら間違いないだろうと思って店内に入ると、バラバラにされたスズキのオートバイが中央にたたずんでいた。その隣に、難しい顔をして髭面のおやじが座り込んでいた。
「オートバイノスプロケットヲサガシテルンダケド。」
 僕が言うと、何も言わず、おやじは表に出て来てGPZを見た。
「ヨーロッパ・モデルカ?アメリカ・モデルカ?」
「ヨーロッパ。」
「ワルイナ。ヨーロッパ・モデルノブヒンハナインダ。」
 そう言った切り、おやじは奥へ引っ込んで行ってしまった。ヨーロッパ・モデルとアメリカ・モデルとではスプロケットが違う。僕は納得は行かなかったが、それ以上何を言ってもこの頑固おやじは聞く耳を持たないだろう。もしかすると、おやじが正しいのかも知れない。結局、僕はそのまま店を出たのだった。


 ダウン・タウンの中心を外れて、ハドソン川沿いの方向へオートバイを走らせてみた。それから、ハドソンSt、グリニッチSt、ウエストStの辺りをぐるぐる回ってみた。オートバイ・ショップがありそうな雰囲気だったのだ。そして、丁度上手い具合にあった。しかし、あるにはあったのだが、その店にはCLOSEDの看板が出されていた。
 ショップ探しで走り回っている時に、ホランド・トンネルと書かれた標識を目にしていた。それが、あまりあちこちに出てくるので、僕は入ってみたくなっていた。ここでのショップ探しは一旦打ち切って、標識に従って進み、僕はトンネルに向かった。入り口で料金を支払ってトンネルに入ると、壁に反響して、チェーンの立てるガシャガシャという音がやけに大きく聞こえた。
 ハドソン・リバーの下をくぐるホランド・トンネルを抜けると、ニュージャージー州になる。一般道に出てから南に走り、ハドソン・リバーに近づこうと、右に行ったり左に行ったりを繰り返しながら走った。やがて、景色が開け、大きな公園のような所へと出た。
 僕は、たくさんの車が停められた駐車場の脇にオートバイを停めて、川岸につけられた柵の方へと歩いた。すぐ前を川幅の広いハドソン・リバーが流れ、その向こうには、摩天楼の全貌を見ることができた。眺めは、素晴らしかった。あの喧噪がその足元にあるとは思えないほどの、ビル群の静かな眺めだった。今日が土曜日だからか、ガスもなく空気はとても澄んでいて、小さな雲がポツポツと浮かぶ青空の下に、はっきりと鮮やかに高層ビル群は浮かんでいた。
 高層ビルが立ち並ぶ姿を見て、人はなぜ、美しいと思うのだろう。太古の昔から祖先が暮らしてきた大自然を前にして感動するのは頷ける。本来森に住む種類のカラスが都会のビル群に抵抗を感じなかったり、鷹などがビルの屋上に巣を作ったりするのは、それらの建物に森の姿を重ねるからだろうと言われる。人も同じように、無意識のうちに、林立するビル群に遠い過去の記憶にある大自然の姿を重ねているのかも知れない。とにかく、ここからの眺めは、素晴らしいの一言に尽きた。


 オートバイに跨がり、元来た道を戻ってホランド・トンネルに向かった。そして、そのままマンハッタンも抜け、ブルックリン橋を渡ってブルックリンへ入った。
 この後、僕は訳の分からないままニューヨーク中を走り回ることになる。もし、道が分からなくなっても、高層ビル群を目印にすれば帰って来られるだろうと思っていたからだ。ハイウエイ、そして一般道を、オートバイ・ショップがどこかにないか気に止めながら気の向くままに走った。


「ここは、どこだ?」
 普通の街並みの中を走っていたはずなのだが、角を曲がった途端、突然不気味な街が現れた。道路の両側には、レンガで造られたような古びたビルが並んでいる。レンガは、部分的に壊れたり取れたりしていた。どのビルにも、壁一面に小さな窓が規則正しくずらりとはめられている。開いている窓や閉まっている窓。開いている窓からは、顔を覗かせている人の姿も見える。ビルの入り口には五段ほどの階段があり、数人が何をするでもなくそこに座っている。そして、その人たちが、路上にまで溢れていた。
 マンハッタンには、比較的安全と言われる地区にも、ブロックによっては危険なエリアも存在している。僕は、そう言うところに迷い込んだらしかった。
 突然入り込んで来た、街並みに合わない派手なオートバイに、彼らの何十もの無言の視線が向けられた。さすがに、僕はたじろいだ。このまま進めば、彼らの前を通って行くことになる。僕は、急いで次の角を曲がり、元来た方向へ急いだ。バック・ミラーを気にしながら。


 方角も分からぬままに尚も走り続けていると、大きなアーチが見えて来た。
「BAY SHORE」
 アーチにはそう書かれていた。
「ベイ・ショア?」
 いい名前だが、ニューヨークのど真ん中には合わない地名である。僕はガイド・ブックを開いた。
「どうしてこんな所に?」
 ブルックリンかクイーンズ辺りを走っているものとばかり思っていた。しかし、実際には、ここはロング・アイランドだった。ガイド・ブックのロング・アイランドのページには、大きくこう見出しが付けられている。
「どこまでも続く美しい砂浜と海岸線」
 しかし、そんな気分にひたれるはずはない。自分が思っていたのとは、まるで方向違いの場所にいるのだ。地図上では、巨大なロング・アイランドの中ほどにいるようだった。しかし、そのロング・アイランドと比べて、西の端にちょこっと表されているマンハッタンの何と小さな事か。南北に二四キロあるマンハッタン島の、四倍近くも離れた所にいたのだ。摩天楼など、当然どこにも見ることは出来ない。おまけに、辺りはすでに暗くなり始めていた。
「マンハッタンハドッチノホウガクデスカ?」
 僕は、ガス・スタンドで給油を済ませ、スタンドの主に尋ねた。
「アッチダ。」
 とりあえず、彼の指した方角に向かって走るしかなかった。
 ハイウエイへの入り口があったのでそれに乗る。とにかく西へと走ればマンハッタンへ着けるはずだ。こういう時には、入り口に方角が記されていると助かる。


 ハイウエイを走って来たので、それほど時間はかからなかったものの、かなりの距離を走って来た。そして、再び目にしたマンハッタンは、光の洪水に変わっていた。その美しさに、僕は息をのんだ。 つい先ほどまでの心細さなど、たちまちどこかに消え去った。また寄り道がしたくなり、僕はハイウエイを降りて、夜景を一望できそうな場所を探した。
 イースト・リバーの手前に、いい場所があった。そこにはたくさんのカップルがいた。地元のニューヨーカーにとっても、ここはベスト・スポットなのかも知れない。僕は、付近をゆっくり流して、少し高台になった場所でオートバイを止めた。
 しばらくは、目の前に広がる光り輝く大パノラマを楽しんだ。ここからは、ブルックリン・ブリッジとその向こうに広がるマンハッタンの夜景を一望する事が出来る。少し低い場所には、洒落たレストランがあった。レストランの駐車場は、きれいに磨き上げられた車で埋まっていて、車から降りてくる男女はみな正装だった。女性はイブニング・ドレス、男性はスーツで着飾っている。男性はごく自然に、しかし、優雅に女性をエスコートしている。悔しいが、彼らには憎いくらいにその姿がよく似合っていた。この夜景との調和も見事としか言いようがない。


 マンハッタンに戻るために、僕はブルックリン・ブリッジに乗った。この橋も、連なった光りに包まれている。そして、摩天楼の巨大な光の洪水の中に吸い込まれて行くように伸びている。マンハッタンに入ってからも、高架になったハイウエイは光の中を泳ぐように流れた。夢心地としか言いようがなかった。車では感じられない、空気を肌で感じ、街の匂いをじかに嗅ぎながら、GPZと共に身体が光輝く街に溶け込んで行くような感覚だった。
 マンハッタンの中では、モーテルなど簡単には見つけられないだろう。ホテルなどは高いに決まっている。何より、夜のマンハッタンを走り回ることにはさすがに抵抗があった。
 僕は、ホランド・トンネルでニュージャージーへ出ることにした。しかし、トンネルの入り口には到着したものの、付近の様相は昼間とはまるで違っていた。とんでもなく混んでいたのだ。マンハッタンからハドソン・リバーを越えてニュージャージーへ戻るためには、このホランド・トンネルと、少し北のリンカーン・トンネル、さらに北のジョージ・ワシントン・ブリッヂのいずれかを通るしかない。しかも、一つしかないトンネルの入り口に向かって、何本もの通りが集まって来ている。そして、これらのトンネルや橋は全て有料ときている。有料ならば、料金所がある。そう言うわけで、まさに、しごく当然のように、混むべくして混んでいるのだ。ホーンを鳴らすなと書かれた標識も立てられていた。誰か一人が鳴らせば、連鎖反応でたちまちにお祭り騒ぎだろう。
「不便な街だ。」
 島なのだから仕様がないのだが、そう思った。
 ようやくトンネルに入ることを許され、壁に反射するガシャガシャという音を聞きながら中を走った。トンネルを出てしばらくすると、一軒のモーテルがあった。取りあえずモーテルが見つかったことに安心して、僕は、昼間出かけたハドソン・リバー沿いの公園に再びオートバイを向けた。
 公園へと続く長い石畳の道は、夜になって街灯が灯されていた。黄色い灯りに照らされた道は、黄金でも敷きつめているかのように見える。真っすぐにハドソン・リバーに向かってその道は伸び、その先に、川を隔てて摩天楼の夜景が揺らいで見える。明るすぎない街灯のおかげで、摩天楼の夜景は大変に美しく浮き上がって見ることが出来た。憎い演出だと言わざるを得ないだろう。シンプルでありながら、これほどのさりげない、心に響く美の演出は、我々日本人の苦手とするところかも知れない。

 ふいに、もう十分だろうと思った。日中から興奮したままの状態がずっと続いている。振り返ってみれば長い一日だった。ニューヨークやマンハッタンという街の、ほんのごく一部しか見ていないが、十分だった。腕時計を見ると、すでに夜の一一時を過ぎていた。


 先に見つけてあったモーテルまで戻り、チェック・インを済ませた。
 シャワーを浴びて、僕はレストランを探すために表に出た。駐車場を横切ろうとした時、停めてあった車の警報器が突然けたたましく鳴り出した。何事かと僕が立ち止まると、すぐにモーテルから黒人の男が飛び出して来た。
「ヘイ、ソコノオマエ、サワッタカ?」
 ちょうどその車の後ろにいた僕に向かって、その男は言った。
(さわる?僕が?滅相もない。)
「イヤ、ナニモシナイノニナリダシタンダ。」
 近くにいた男が、僕の代わりにそう答えた。僕は、ただぶるぶると頭を振っていた。


 広い通りを隔てたところにレストランを見つけて入った。テーブルを挟むようにビニール張りの安っぽいソファーを向かい合わせた席が窓際に五つと、それにカウンター席。そして、そのカウンターの中に調理場がある。映画などでよく見るようなタイプの店だ。
 僕は、いつもと変わらないオーダーをして、ビールと食後にバーボンを煽った。今日の酔いは、また特別だった。打てば響くとはこういう事を言うのか?たちまちに頭がもうろうとしはじめる。今日がよほど刺激的な一日だったらしい。
 日記を付けているが、果たしてこの字が読み取れるだろうか。この文章はまとまっているのだろうか。




走行距離 五四〇km/七九四〇km
八月二一日 〇時四〇分


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