SACRAMENTO
午前十一時にモーテルを出る。もう少し早く出ればよいのだが、なかなかベッドから起き上がることができずに二度寝をしてしまった。別に昨夜遅くまで怪しげなテレビを見ていたわけでは決してない。
結局チェック・アウト時間ぎりぎりの出発となる。昨日の記憶を辿ってSTATE41の入り口へとオートバイを走らせる。
STATE41を北へ向かうと、人を拒むような殺伐とした昨日の景色とは違った、緑の多いのどかな雰囲気へと変わってきた。一時間ほど走って、ヨセミテ国立公園の南のエントランスとなるフィッシュ・キャンプに到着した。ここで三ドルの入園料を支払い、パンフレットと領収書を受け取る。この領収書は一週間のフリー・パスにもなる。規模の大きい公園なのでキャンプをしたりホテルに滞在して数日間をここで過ごす人も多いらしいが、そういった人達のための配慮だろう。
タンクに張り付けてあるクリア・ケースの中の地図は、受け取ったパンフレットの公園内の地図と入れ替えた。
深い自然の山間を縫って曲がりくねるワオナ・ロードがしばらく続いた。何本ものクリークが流れ、時折、柔らかな川面と透き通ったせせらぎがシールドの向こうに見える。地図から受ける印象よりワオナ・ロードは道幅が広く、制限速度四五マイルの流れは速い。いくら道幅があるとは言え、こんな山道で制限速度七〇km/hとは日本では考えられない速度だ。日本の規制好きの表れだろう。
僕は、周囲に生い茂る樹々の匂いを嗅ぎながらライディングを楽しんだ。アメリカにはたくさんの国立公園があるが、日本人に一番深い印象を残すのはこのヨセミテらしい。夏の太陽に照らされて輝く一面の緑は、訪れる人の心を和ませてくれる。そして、日本で見る風景にもどこか似ているからかも知れない。
かなりの距離を走ったように思うが、Chinquapinまでやって来た。この地名は、どう読めばよいのか分からない。展望台のあるグレイシャー・ポイントへ向かうため、ここから分岐するグレイシャー・ポイント・ロードに入る。五マイルほど走った所にスキー場があるが、冬季はこれより先は閉鎖されている。二〇分程走ってグレイシャー・ポイント辺りに着いたが、さすがに車も人も多かった。駐車場の空きを探している車が多い中、僕は隅っこのスペースにコソコソとGPZを突っ込んだ。
標高二一九九mの展望台に立って眺める景色は雄大の一言に尽きた。目の前は一〇〇〇m近く下を流れるマーセド川に向かって落ち込み、その先にまた遥か遠くまでゆったりと波を打つように延々とシエラ・ネバダ山脈が広がっている。その中には、ハ−フ・ドームと呼ばれる標高二六九五mの奇妙な岩が立っている。名前の通りお椀を横にしたような半月形の巨大な岩で、岩肌は白く剥き出しになっている。夕暮れにはこの岩が燃えるように夕日に染まる姿が見られるという。
ネイティブ・アメリカンが登場するような映画のロケ地としてもこの公園はよく使われている。ここには、太古からの自然がそのままに残されている。現代の人間の営みを感じさせない、原始の山脈だ。
一八五〇年頃まで、この地にはネイティブ・アメリカンが暮らしていた。ヨセミテという名前も彼らの言葉で「熊」を意味し、アメリカン・ブラック・ベアーと呼ばれる灰色熊が実際に多く生息している。南のエントランス近くのワオナ(Wawona)も先住民の言葉で「大きな木」を意味する。ジャイアント・セコイアの巨木が密生するマリボサ・グレイブが近くにあるためかも知れない。
今僕が立っているこの場所に、きっと彼らも立ったに違いない。彼らは、ここで何を思って、どんな風の声を聞いたのだろうか。
再びChinquapinまで戻り、交差点を右折して北へオートバイを走らせる。グレイシャー・ポイントからだとかなり迂回するようになるが、しばらく走ってトンネルを抜けるとヨセミテ・ヴァレーはもうすぐだ。
ヨセミテ・ヴァレーはマーセド川を取り巻くようにリンク状に道路が引かれ、道幅は狭くはないが一方通行路になっている。たくさんのキャンプ場にホテル、ロッヂなどもあり、ヴィジター・センターや郵便局にスーパー・マーケット、トレイル(ハイキング・コース)、サイクリングコースに貸自転車、貸馬(?)と、自然にどっぷり浸かってのんびりと過ごしたい向きには申し分のない環境が整っている。キャンピング・カーを引いて訪れるアメリカ人が多いようだが、公園全体はかなりの広さなので、トレイルやサイクリングだけでは充分に見て回ることはできない。
しかし車などを持たない人にも、半日から一日かけて主要なポイントを回るバスや、ヨセミテ・ヴァレーの中を一〇分ほどの間隔で回っている無料のシャトル・バスがある。一日や二日では物足りない規模なので、これなら不自由なくゆっくり滞在することもできるだろう。
サイクリングや散歩を楽しむ人達の横を通り抜ける。アメリカ人は特にキャンプが好きだ。テントやキャンピング・カーがあちこちに見える。セコイアが立ち並ぶ美しい大自然を背景に、川の流れの側で簡易テーブルを囲む彼らは実に楽しそうに見えた。
8の字にヴァレーを回り公園出口へ向けて走り出すと、天を衝くようにそそり立つ岩壁が右手に現れる。エル・キャピタンと名前が付けられているこの岩は、幅数百メートル、高さは一〇〇〇メートルもある。東京タワーを三つ積み上げた高さの岩の壁だ。その絶壁が、今目の前に切り立っていた。しかし、あまりに大きすぎて一〇〇〇mと言われてもまるでピンと来ない。
エル・キャピタンは世界中のロック・クライマー憧れの場所でもある。クライマーがいないものかとカメラの望遠をいっぱいまで伸ばして覗いてみたが、いくら探しても人影を見つけることはできなかった。しかし、どうも大きさの見当が違っていたようだった。思っていたよりはるかに小さな点が崖の中程にわずかに動くのが見えた。それは染みのような小さな点だった。近くにもう一つ点がある。
カメラを離して裸眼で見ると、彼らの姿を見失ってしまった。それ程にこの絶壁は途方もなく大きい。しかし、そこに張り付いている二人の冒険心にはただ脱帽するだけだ。彼らの眼下には五〇〇mの絶壁があり、頭上にもまた五〇〇mの絶壁がある。脆い岩肌のわずかな凹凸を一つ一つ慎重に選んで少しずつ確実に上を目指して行く。時間のかかる命懸けの一歩を気が遠くなるほど繰り返さなければならない。彼らに比べれば、ビッグ・バイクで整備された道を走って宿泊施設に泊まってアメリカを走る僕の旅など、冒険と呼ぶのもおこがましい。一〇〇〇mの頂上で誰かが彼らを祝福してくれる訳ではない。それでもそこに到達した時の特別な思いは、やり遂げた少数の人達にしか与えられるものではない。一体彼らはこの頂上で何を得るのだろうか。
「誰かいるの?」
そう叫ぶ女性の声を耳にしたような気がしたが、後から思えばあれは僕に聞いていたのだろうか?夢中で見ていたもので、失礼した。
できればキャンプでもして数日ゆっくりしていたいところだが、ビッグ・オーク・フラット・ロードを走り北のエントランスへ向かう。途中、タイオガ・ロードが右に分かれる。その先にはメイ、テナヤ、タイオガなどその他にも大小さまざまの美しい湖が点在している。もちろんキャンプ場もある。
公園を後にU・S120に入って西に向かった。
このまま走ってU・S99を北に向かえば、今日の目的地サクラメントに入ることができる。当初の予定ではサンフランシスコまで行ければと思っていたのだが、それは断念する。地図上ではわずかな距離だが、実際にはサクラメントからサンフランシスコまで六〇マイル以上の距離がある。
サンフランシスコ行きをやめたおかげで少し時間に余裕が出来たので、手前のU・S49を北上するコースを僕は選んだ。ゴースト・タウンなどが見られて楽しめるとガイド・ブックに書いてあったからだ。
果たして、U・S49はまさに田舎道で、小さな町やゴーストと化した町の中を確かに進んで行った。
(本当にこの道でいいのか?)
僕は、次第に不安になってきた。
ウエスタン・ブーツをウインドーの中に飾ってある、寂れた店の前の、信号のない小さな交差点を左折する。U・S49は常にそんな調子だ。標識を見落としてしまうと、どこへ行くか分からない。それでは僕自身がゴーストと化してしまう。「時間があればお勧めする」。ガイド・ブックに書いてある、この時間があれば、がこれほどのものだったとは。
ゴースト・タウンを抜ける頃、僕は昼間でもライトを点けて走っているが、周りの車もヘッド・ライトを点ける時間になっていた。
ヨセミテ国立公園は標高が高いためか涼しく感じられたが、日が沈んでくるとこの辺りは寒い。それでも、片側一車線で対面通行の曲がりくねった道を一〇〇km/h以上で飛ばす地元の車に追従して行かなければならない。いや、ならなくはないのだが、変なところで負けず嫌いなので意地になって付いて走った。身をかがめてカウルに隠れていたが、寒さで歯がガタガタと震えてくる。剥き出しの肩も昼間の日焼けで痛い。やはり明日にでもジャケットを買わねばならない。
しっかり陽が落ちた頃、ようやくカリフォルニアの州都サクラメントに入った。
カリフォルニア州の中ではL・Aやサンフランシスコの方が有名だし規模も大きいが、あまり大きくはない町を州都に定めるのがアメリカの政策だ。
サクラメントに入った安心感からか、ドドドドッと疲れが出てきた。しかしほっとするのもつかの間だった。すっかり陽が落ちてしまったので、文字通り闇雲に走って今日の宿を探さなければならなくなった。これもアメリカの町の特徴のようだが、道路は碁盤の目状に整備されてほとんどが一方通行になっている。おかげで慣れていない僕は、見当を付けた場所へ到達するまでに行ったり来たりしなければならなかった。ようやく一軒のモーテルを見つけたのは、三〇分ほど走り回ってからだった。
チェック・インを済ませ、部屋に入るや服を脱ぎ捨てシャワー・ルームに飛び込んだ。頭から熱い湯を浴びて体を温めようと思った。しかし、固定されたシャワーから出てくる湯は、水圧が弱くちょろちょろと滴った。たくさんの小さな穴から出てくる湯の三分の一ほどは一つにまとまってしまっている。
(これでシャワーと言えるのか。)
いらいらしなら浴び続け、何とか身体が温まると気分も落ち着いた。
シャワーの後は、いよいよ最大の楽しみである夕食だが、近くにレストランがなかったのでオートバイに乗って探すことにした。しばらく走ると、デニーズの見慣れた黄色い看板が目に入った。店の前の歩道脇にオートバイを止めて店に入る。店内の造りも、日本のデニーズとほとんど変わらなかった。
ステーキを注文して日記を書いていると、二人組の男が僕のテーブルの横に立った。そこに立つ前、こちらに歩いて来ているときから、彼らの視線は感じていた。
「あのカワサキはお前のか?」
一人が口を開いた。
「そうだ。」
突然何だろうと思ったが、僕はそう答えた。
「何か妙な音がしてるぞ。」
まじめな顔をしてもう一人が言った。
「?」
詳細を聞くだけの語学力がないので、僕は彼らといっしょに外に出た。すると、確かにGPZのエンジンからは、ゴーウと音がしていた。だが、予想はしていたがこれは故障ではない。GPZは、エンジンが熱いとキーを切っても冷却のためのファンが回る。その音なのだ。
「冷やしてるんだ。」
僕が言うと、二人は笑って立ち去った。
簡単に彼らと外に出たのは軽率な行動だと思う人もいるかも知れない。
確かにこの国では日本では考えられないような犯罪が起こる。僕が取ったような行動が、犯罪に巻き込まれる可能性を含んでいるのかも知れない。
しかし、多くのアメリカ人は明るく友好的で親切ではないだろうか。まだアメリカに来て一週間程度だが、この国の人達と接しているうちに、僕の中での彼らに対する警戒感は確実に薄れて来ている。オートバイからノイズが聞こえるからと言って、わざわざレストランの中まで入って来る。そんなお茶目で親切な人が果たして日本にいるだろうか?そして、何でもなかったと笑って去って行く。そんな彼らの性格が、僕は好きだ。
p.s. サクラメントは静かでとても穏やかな暮らしやすそうな町です。
走行距離 五五四km/九七六km
八月一一日 〇:三五
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