Sorry... This page is using JavaScript.
8.19 BUFFALO ≫≫

TOLEDO


 今日も朝から曇り空だ。おかげで気分も今ひとつ晴れない。ミルウォーキーを後にして、I−94を南に走る。
 地図上では、I−94はミシガン湖の南西側の縁に沿って走っている。シカゴに着くまで、その距離はおよそ一〇〇マイル。この間、ずっと湖を眺めながらのツーリングとなれば、これは素晴らしいことだ。しかし、僕の思いとは裏腹に、実際にはここからミシガン湖は全く見えなかった。湖畔まで、地図では二ミリほどしかないのだが、残念だ。


 シカゴまでの距離が数十マイルになった辺りからI−94は有料になった。アメリカに来て初めての有料道路になる。
 L・Aを出てからここまで、ロード・マップには空白の部分が多く、ハイウエイを示す線はまばらに引かれていた。しかし、昨日ミルウォーキーに近づく頃からハイウエイの本数は増え始め、地図の上はにわかに複雑になってきた。
 シカゴ、インディアナポリス、セントルイス、シンシナティ、アトランタと言った主要な都市からは、幾つものインターステートが放射状に広がり、それぞれが絡み合っている。何匹ものヒトデが手をつなぎ合っているかのような、その絡み方は絶妙だ。ただ、環状線がないために、三つ先の都市に行くまでには、手前二つの都市を通過しなければならない。地図の縮尺が小さいため、都市周辺の詳細は分からないが、果たしてその通過は渋滞もなくスムーズに行えるのだろうか?
 しかし、インターステイトは何度乗り降りしても無料だし、インターステイトから一般道に迂回しても、その一般道の流れも十分に速い。問題はないのかも知れない。


 シカゴは、ニューヨーク、L・Aに次いで、アメリカで三番目に大きな都市である。そのシカゴが近づいてくると、ハイウエイはさらに忙しく交差を始めた。
 シカゴのダウン・タウンを示す標示には、「Loop」と言う言葉が使われている。僕は、その文字の書かれた標識に従って走った。遠くに見えていた高層ビル群が目の前に迫ってくる。高架のハイウエイは、そのビル群を回り込むように流れていた。しかし、生憎の天気と深いガスのせいで、全体としての街の様子はここから見てもはっきりしなかった。
 ハイウエイから、ビルの谷間へと僕は降りた。
 一本の、長く道幅の広い通りが、真っ直ぐに伸びている。渋滞はしていないが、様々なボディ・カラーの車が、長い通りの先まで列になってつながっている。車道の外側には、一段高くなった歩道が設けられ、店のショー・ウインドウなどを背景に多くの人が歩いている。  しかし、この通りは、両側に隙間なく立ち並ぶ高層ビルに挟まれていた。見上げると空は狭い。曇り空でガスもかかっている上に、わずかな太陽の光もビルに遮られ、深い谷底を這っているような感覚になる。現在のシカゴは、アメリカの大都市の中でも最も安全な都市と言われているが、ここを走っていれば、マフィア映画で見た情景をたやすく思い出すことが出来る。
 ビルの谷間を進み、シカゴを象徴するものの一つLoopの高架をくぐる。この場合のLoopとは、市内を走る高架鉄道のことである。高架をくぐり、近代的な高層ビルの間から抜けると、辺りは古い建物が建ち並ぶ殺伐とした街並みに変わった。高層ビルの展望台から望む夜景の美しさばかりがガイド・ブックには書かれているが、実際に街を走っていると、過去のマフィアの亡霊が潜んでいそうな街角だらけだ。


 オフィス街からミシガン湖のそばへと出て来ると、風景は一変して明るくなった。五大湖の一つミシガン湖は海のように広い。南北に細長いミシガン湖の対岸まで、ここからだとたっぷり三〇〇マイルはあるのだ。
 湖畔に沿って、レイク・ショア・ドライブという道路が走っている。その粋な名前に、僕はそこを走ってみたくなった。
 レイク・ショア・ドライブは、道幅が広く、カーブの多い道路だった。道路からは、湖や砂浜が一望できる。砂浜には水着で寝そべる人達、湖にはカラフルなウインド・サーフィンのセール。ほどよい風がいつも吹いていて、ここはまるでビーチ・リゾートだ。
 適当なところまで走ってからUターンをして、元来た通りを戻る。シカゴ港の辺りまで戻ると、右手に大きな空間が広がってグラント・パークが現れる。
 コンクリートが打たれた十分な広さのエントランスがあり、その奥に一〇段ほどの階段が造られている。階段に腰を掛けている男女の後ろには、大きな広場があって、その中心にバッキンガム噴水がある。
 また、ここからだと小さく見えるが、広い公園の空間の先にはシアーズ・タワーがそびえている。高さ四四三メートル、現在では世界一高いビルだ。一〇三階のスカイ・デッキから見るシカゴの夜景は素晴らしいらしい。今回の僕の旅では、どこへ行ってもそういうものを楽しむだけの余裕などないが。

 シカゴを出て、I−80とI−90が合流したI−80・90を東へ。ここも有料道路なので、入り口でチケットを受け取る。仕組みは、日本の高速道路などと同じだ。
 間もなくしてインディアナ州へ入る。インディアナ州の州都は、地理的にほぼ中心に位置するインディアナポリスである。毎年五月に行われるF1レース「インディ五〇〇」の開催地としてその名前は有名だ。
 そして、州境を越えると共にイースタン・タイムに時間帯が変わり、ここでまたしても一時間の損をすることになる。でも、損をするのもこれが最後だ。損をした分は、帰りでしっかり取り戻させてもらう。
 ミシガン州との州境近くを東に向かって走り、やがて、オハイオ州へ入る。これまで眺めてきたような広大な自然は、この頃にはすっかり目にすることもなくなってきた。
 時計の針が夕方の五時半を指す頃に、五大湖の一つであるエリー湖に面するトレドという町が近づいてきた。今日の予定としては、もう一〇〇マイルほど先のクリーブランドまで走るつもりだったが、時差を計算に入れていなかった。明日の予定のバッファローまでは大して距離もないので、今日はトレドに泊まることにする。


 ハイウエイを降りて、北に一〇マイルほど走った所にトレドはあった。
 町中を走ってみると、町の一部はゴーストタウンと化していた。そこは、幾つかのビルがあるが廃墟である。くずれた煉瓦に割れたガラス窓。人の姿ももちろんない。ガイド・ブックに載っていないほどの小さな街なので、こうなるまでの経緯は知る事は出来ない。
 その後、あちこち走り回るが、なかなかモーテルを見つけることが出来ないでいた。
「ちくしょう。これだけモーテル探しに時間をかけるんなら、クリーブランドまで行きゃよかった。」
 小さな町の隅々まで走り、同じ場所にも何度も出てしまう。少しづつ辺りも暗くなり始め、次第に苛立ちが募ってきた。
 結局、たっぷり一時間近く探し回って、ようやく一軒のモーテルを見つけることができた。建物は見るからに年月を経ており、相当なガタが来ていることは容易に想像が付く。しかし、この際どんなボロだろうが贅沢は言っていられない。「MOTEL」の文字を見つけた時には、それなりに安堵し喜んだのだ。おまけにレストランだって割と近くにある。


 シャワーを浴びた後、GPZを駐車場に残して、歩いて小さなレストランにやって来た。
 二本のハイネケンとたっぷりの鳥肉料理を平らげ、たった今、コニャックの入ったグラスが僕の前に置かれたところだ。
 これをやっつけて、日記を書き終えたら、モーテルに戻って、ジャケットのほつれを直さなければならない。まだまだこれから先は長いのだが、買って一週間にもならないジャケットは既にボロになっている。長時間の高速走行で受ける風圧のせいだろう。背中の部分が風でバタつくが、次第に糸がほつれ、腕の部分が本体から切り離されようとしている。
 やはり、オートバイにはオートバイ用のジャケットでなければダメだ。




走行距離 六五六km/六三四三km
八月一八日 二〇時一五分


NEXT 8.19 BUFFALO