Sorry... This page is using JavaScript.
8.25 WASHINGTON D.C. 3 ≫≫

WASHINGTON D.C. 2nd day


 目を覚まして枕元の時計を見るとすでに昼に近かった。我ながらのんきなものだと思ったが、焦ったところで、これも仕様がない。オートバイを取り戻すためには何をすればよいのか?しばらくベッドに横になったまま考えたが、見当も付かなかった。
 髭を剃りながら、歯を磨きながら、コーヒーを飲みながら、考えあぐねた結果、取りあえず思い付く先から電話をかけてみることにした。


 僕は、部屋に置かれていた分厚い電話帳を取り上げてデスクに向かった。
 目次からカー・ディーラーのページを確認して開いた。ホンダの現地ディーラーの番号が目に入った。まずはここからだ。
 受話器を取って番号を押すと、すぐに女性が出た。
「そちらに日本語を話せるスタッフはいますか?」
 愚問だと思った。日本でヤナセに電話をして、ドイツ語を話せるかと尋ねているようなものだろう。しかし、車両の登録に関しては彼らはプロである。僕としては、ワラをもつかむ思いで当たってみるしかなかった。ただ、この複雑な状況を説明するには、相手が日本語を話せることが条件だった。でなければ、電話では到底説明が出来ない。
「誰か日本語話せる?」
 電話に出ていた女性は、大きな声で周りの人に聞いていた。それから、しばらくして電話に戻った。
「いないわね。」
「そうですか。ありがとう。」
 その後、日産、トヨタ、三菱、その他全ての日本車のディーラーに電話をかけ、同じ質問を繰り返した。しかし、返ってくる答えはどこも同じだった。ダメで元々と、二輪車ディーラーにも片っ端から当たってみたが、それでも日本語を話せるスタッフはどこにもいなかった。


 コーヒーを入れ直してから、一口だけ飲んでカップをデスクの上に置き、僕はベッドに横になった。そうして、天井を見つめた。この時点では、まだまだ可能性は残っているだろうと考えていた。きっと方法は他にもたくさんあるはずだ。ここが自分の機転の試しどころだと思っていた。しばらく何も考えないことにして、僕は目を閉じて横になったままでいた。
「D・M・Vに聞いてみようか。」
 ふと思い付いて、僕は起きあがった。D・M・Vは日本で言う陸運局にあたる。T・C社のスタッフに付き添ってもらってL・Aでも行ったことのある場所だ。
 移民の国アメリカの首都にある行政の機関だ。日本語を話せるスタッフがいても不思議ではない。いや、いるに違いない。僕は、飛び起きて再びデスクに向かって電話帳を開いた。そして、「Department」のページに書かれているたくさんの機関の名前を、上から順に目で追った。
「あれ?D・M・Vがない。」
 何度見直してみてもD・M・Vが見つからない。調べ方が間違っているのかも知れないと思い、電話帳を放り投げてから番号案内で聞いてみることにした。こちらでの番号案内は0411番である。
 しかし、0411はテープによる案内で始まった。ところどころ聞き取ることは出来るが、全体の意味がまるで理解できない。単語の一つ一つを熱心に聞いていると、ピーッと言う音を最後に、向こうは黙ってしまった。二度、三度とかけ直して聞き返してみたが、やはり分からない。この時ほど、英語を話せないことが致命的だと思った場面はなかった。


 次に浮かんだのは、日本大使館の細川氏の顔だった。昨日もらった細川氏の名刺を探し出して電話をかける。
 電話には受付の女性が出たが、細川氏にはすぐにつながった。
「もしもし。どうですか?何か方法は見つかりましたか?」
 電話に出るなり細川氏はそう切り出した。
「いえ。あちこちに電話をしているのですが何も。」
 電話をしている、にも程度がある。僕の場合は、会話以前で往生している。
「そうですか。大使館の仕事で付き合いのある通訳の方を紹介しましょうか?」
「通訳ですか。費用はどのくらいかかるんでしょう?」
「そうですねえ。人によっても違うのですが、一日五〇〇ドルはかかると思います。」
「五〇〇ドルですか。」
 通訳を雇うなど僕には無縁のことだったので、相場など知らない。しかし、一日五〇〇ドルとは高い。
「とりあえず当たってみますので、また連絡しますよ。」
 細川氏のその言葉で通話は終わった。


 もう一度電話帳を開き、次に電話をかけた先は、ヤマト運輸のワシントンD・Cにある支店だった。車両の登録は専門ではないだろうが、もしかしたら業務の性質上関わる事もあるかも知れない。
「もしもし、日本語は話せますか?」
 そう尋ねると、英語で応対した女性の言葉は日本語に変わった。
「はい。」
 日米間での取引がほとんどだろうから日本語が話せるのは当然と言えば当然かも知れない。だが、これまでノーを連発されてきただけに、その答えを聞いて僕は安堵した。
「実はですね・・・。」
 僕は、これまでの経緯と今の状況を順を追って彼女に説明した。彼女は、時折相づちを打ちながら、話を最後まで聞いてくれた。
「それは大変なことになってしまいましたね。でも、私にもどうすれば良いのかは。ちょっと待ってて下さいね、聞いてみますから。折り返しお電話します。」
 ホテルの名前と電話番号、それに部屋の番号を彼女に伝えていったん受話器を置いた。 彼女からの電話がかかって来たのは、それから五分と経たないうちだった。
「ごめんなさい。やはり私どもの方でもどうすればいいかは。」
「そうですか。いえ、いいんです。」
 それからしばらく会話を交わしたが、見ず知らずの僕に対して彼女は大変親切にしてくれた。彼女の友好的で気さくな話し方も、塞いでいた僕の気持ちを明るくした。
「私の知り合いに、日本人旅行者を相手にフリーランスでガイドをしている人がいるんですよ。何か手伝ってくれるかも知れないから聞いてみましょうか。」
 思い付いたように彼女は言った。
「でも、さっきも言いましたけど、大使館でも通訳を探してもらってるんです。」
「通訳を頼むより費用は安いはずよ。とにかく聞いてみるわ。」
 結局三〇分ほど話をしていたが、そこで彼女との会話を終えた。


「石川さん?」
 電話のベルが鳴ったのは、受話器を置いた途端だった。もう一度受話器を取り上げると、年配と思われる女性の声が聞こえた。
「はい、そうですが。」
「ブーツと言います。大使館の細川さんから連絡をもらったんだけど、通訳を探してるって。」
「はい。わざわざすみません。」
 随分と早いなと思った。
「大まかな状況は聞いたけど、あなたも無茶したわねえ。」
「ええ、はあ。」
 僕は、短く刈った髪を手のひらで撫でた。
「この辺りはね、首都に近いから警察も特に厳しいのよ。」
 なるほど。それで今までは無事だったのに今回は捕まったわけか。
「どうするの?あなたが望むのなら手伝ってあげるけど。」
 確かに誰かに手伝ってもらわなければ、到底僕一人で切り抜けられる状況ではない。ただ、頼むにしても費用の問題がある。一日五〇〇ドル、二日がかりだと一〇〇〇ドルだ。懐にそんな余裕があるはずはない。ここは、その辺りの事情をはっきり伝えておいたほうが良さそうだった。僕は、費用について、細川氏に聞かされた話を持ち出した。
「そうね。確かに高いわよ。」
「はあ。」
「半日で終わる仕事でも、移動なんかを考えれば結局一日つぶす訳だから、一日単位の料金になるの。」
「はあ。その一日が五〇〇ドル以上って聞いたんですが。」
「そう、普通はね。でも、あなたにはそんなに請求できないでしょう?」
「はあ。」
「半額以下でいいわよ。」
 それからいろいろと話しをしたが、彼女も非常に親身になって相談に乗ってくれた。半額以下と言ってもやはり大きな出費には違いない。しかし、彼女もボランティアでやっているわけではないのだ。それに何より問題なのは、費用ではなくオートバイを取り戻せるかどうかだ。この後も旅を続けたければ、この際かかる費用は仕様がない。何事にもリスクはついて回る。
「それではお願いします。」
「分かったわ。今日はもう動けないから、明日警察に電話してプレートが取れるかどうか聞いてみて、それからまた連絡するわね。」
「お願いします。」
 パタッと、小さな音がした。音を出したのは、ベッドの枕元に置かれている時計だった。上下二枚に分かれた薄い小さなプラスチック板に、時間を示す一つの数字が書かれている。時間が経過すると上側の板が下に倒れて、そこに書かれてある数字が変わる。似たような仕組みのものを、最近どこかで見たような気がした。それが空港であった事を、僕はすぐに思い出した。飛行機の、到着と出発の時間や行き先、便名などを知らせる大きなボードに、同じようなものが使われていた。幅も高さも何メートルもある大きなボードでは、このような仕掛けが左から右に、その次は上から下にと、実に盛大に目まぐるしく回転していた。僕はしばらく立ち止まって、その様子だけを面白がって眺めていたのだった。
 再びパタッと音がして、僕は板に書かれた数字に目の焦点を合わせた。すでに午後四時を回っていた。いつの間にか随分と時間が経っている。
「腹が減るわけだ。」
 コーヒーと煙草でごまかしていたが、僕は途端に空腹を覚えた。すると、また電話が鳴った。
「Hello.」
 はい、ではなく、一応そのように答えた。
「先程のヤマト運輸の者です。」
「あ、はい。どうも。」
「何度か電話したんですけど、ずっと話中で。」
「すみません。通訳の人から電話がありまして。」
「頼んだんですか?」
「ええ。」
「そう。知り合いのガイドがね、引き受けてもいいって言うので電話したんです。」
 ちょっとの差だが、既に遅かった。随分身勝手なことをしているようで、彼女に申し訳ない思いがした。
「オートバイが戻るといいわね。」
 彼女の言葉に、僕は丁寧に礼を言って受話器を置いた。
 途端に、また電話が鳴った。
「Hello.」
「もしもし、石川さんですか?」
 聞き覚えのない女性の声が受話器から聞こえてきた。
「はい。」
「ヤマト運輸の友達に聞いたんだけど、困ってるって。」
「あ、はい。今その人から電話があったばかりです。」
 僕は、また短い髪を撫でた。どうやら、それが困ったときのクセのようだ。
「ずっと話中だったわね。」
「ええ。実は通訳の人に頼んでしまったんです。」
「あら、そうなの。バカねえ、通訳は高いでしょう。私ならずっと安く引き受けてあげたのに。」
 僕は苦笑した。はっきりとものを言う女性だが、サバサバした明るい話し方は、少しも嫌みに感じることはなかった。
「そうですね、高いですね。」
「私だったら一時間二〇ドルでいいのよ。」
 こんな時、迷わず安い方へ乗り換えるということが、僕には出来ない。通訳のブーツさんの対応が、親身ではなく事務的なものだったとしたら話は別だが。これは、僕の性分なのだ。買い物に行っても、店員が親切だと余所を見て回らずにその店で買ってしまう。正直に言うと、それで後悔した事は一度や二度ではない。しかし、損な性分かも知れないが、それでいいと思って生きているのでそれでいいのだ。だからと言って、勧誘や客引きなどの手合いに対しても弱いわけではない。彼らには強いので誤解のないよう。
 ガイドの女性ともしばらく話しをしたが、何かでお願いすることがあるかも知れないからと、連絡先を聞いて受話器を置いた。


 さて、今日の作業はもうこれで終わりだ。後のことは明日になってからだ。遅くに起きて一日を部屋で過ごしたので、シャワーを浴びてすっきりしたい気分だった。
 僕にとって、シャワーは一日の中での気持ちを切り替える作業である。仕事と自分の時間の区切りだったり、昼と夜の区切りだったりする。仕事から戻ると、座る間もなく服を脱いで浴室へ向かう。自宅で過ごした休日も、それまでしていた事をシャワーの後も続けることはしない。シャワーの後は、食事をして、照明を間接照明に替えて、酒を飲みながら映画でも見てリラックスをするのだ。
 僕は、これまでのモーテルと比べると随分と広くて清潔な浴室に入ってシャワーを浴びた。そして部屋を出た。面倒なので、今日もホテルのレストランで食事をするつもりだった。エレベーターで一階に降りてレストランに入る。
 今日の注文はニューヨーク・ステーキだ。一体何がどうニューヨークなのかは分からないが、味付けに特長でもあるのだろうか。しかし、例え一日を悶々と部屋で過ごしたとしても、この時間のビールとステーキはやはりたまらないものだった。
 何にしろ、今日出来ることはもう終わったのだ。全てを他人任せにするつもりはないが、次の一歩はブーツさんに任せる他ない。何も出来ないのにいつまでも悩んでいたのでは、時間が勿体ないだけである。
「明日に期待を持とう。」
 いつまでも口の中にある硬いステーキを噛みながらつぶやいた。


 今は、やれることをやって少しずつでも前に進めばいい。部屋に戻ったら、面倒なことはこの際考えず、相変わらず意味の分からないテレビでも眺めてゆっくりしよう。
 明日はどんな日になるのか分からないが、一日も早くオートバイに乗りたい。荒れた土地と、寂れたガス・スタンドで食うホット・ドッグとコーラの味が懐かしかった。
 広大な大地をもう一度走る事の出来る日々が、きっとまた来るはずだ。




八月二四日 二〇時〇五分


NEXT 8.25 WASHINGTON D.C. 3