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カンボジア。 東南アジア中部に位置する人口一〇〇〇万人余りの小さな国。 国土のおよそ四分の三を森林に覆われ、中央に広大な沖積平野が広がっている。 沖積平野を、南北に東南アジア最長のメコン川が流れ、 そのほぼ中央に、面積二六〇〇km2のトンレ・サップ湖がある。 トンレ・サップ湖は、水深一mから二mほどの浅い湖である。 このトンレ・サップ湖に、湖上に暮らす人々がいる。 彼らは、浅い湖の底に打ちこんだ何本もの杭の上に木で組んだ家を建て、 ヤシの葉を編んだだけの壁と屋根で雨風をしのぎ、 そのほとんどを湖の上で暮らしている。 彼らは、東南アジアでも有数の淡水漁場と言われる湖で、 主に漁によって生計を立てている。 子供は六歳から八歳までの間に学校に通い始めればよいことになっているが、 家庭にとっては重要な働き手でもあるため、 ほとんどの子供は卒業まで通うことはない。 この国全体を見ると、 一五歳以上の、男性は半分、女性は八〇%近くが、読み書きが出来ない。 いかに多くの魚を捕るか。 捕った魚をいかに手際よくさばくか。 トンレ・サップ湖で生きて行くためには、 学問よりそれらの方が子供たちにとっては重要なことなのである。 四月中旬になると、この地域には雨期が訪れる。 雨によってメコン川の水量が増え、その水は、 トンレ・サップ川によってつながっている湖へと、逆流して押し寄せる。 トンレ・サップ湖の面積は、一気にそれまでの四倍に膨張する。 湖上の家々は、水かさの増した湖に沈む。 しかしその頃、湖上の家は杭だけを残して消え去り、 そこに暮らしていた人々の姿もない。 乾期。湖が膨張する前。 湖畔から陸に数km入った所に小さな集落がある。 一本の舗装されていない道路の両側に、 湖上にあるものと同じ造りの家が並んでいる。 集落の家々はどれも地面に打ち込まれた杭の上にあり、 床は地上から三m以上もの高さにある。 しかし、辺り一帯はもぬけの殻で、人の気配は全くない。 雨期に入って湖が膨張を始めると、 湖上で暮らしていた人々は、みなここに引っ越してくる。 彼らは、乾期と雨期の年二回、この場所と湖の上とを行ったり来たりしているのである。 ヤシの葉で編まれた屋根と壁、 そしてただ置かれているだけの床板を剥がして小舟に積み、 この場所に引っ越してくる。 雨の前には、強い風が吹く。 彼らの粗末な家は、嵐のような風に吹き飛ばされそうになる。 乾期には積乱雲が浮かび遠くまで見渡すことの出来た地平線が、 真っ黒な雨雲に覆われ、雷鳴が響く。 湖が膨張し始めると、それまで陸の上にあった集落は、一転して湖に飲み込まれる。 水面は、三m以上の高さがあった床のすぐ下まで迫る。 時には、それでもなお水かさが増し、更に床を上げなければならない事もある。 一本道だった所を小舟が行き交う。 集落の更に奥にあった小高い山も、湖に浮かぶ島となる。 再び、彼らは湖上の人となる。 雨期の間は、湖での漁が禁じられている。 水中に沈んだ木々を恰好の場所として、魚たちが産卵を始める時期なのだ。 彼らは、糸を紡ぎ、小さな海老を捕って生計を立てる。 海老は自分たちで加工をして市場に出されるが、 それによって得られるものは、労力に見合わない。 カンボジアは、農業を経済の基盤としている。 かつては自給自足によって十分に食料をまかなっていた。 しかし、大規模な飢饉と、長期にわたる紛争や政治的混乱の影響を受けて、 今では世界最貧国の一つとされるほどの貧困状態にある。 陸地の村で暮らす人の中には、乾期の間にトンレ・サップ湖に出稼ぎに来る者も多い。 畑仕事では、家族を養うことが出来ない。 しかし、雨期に入って漁が出来ない間は、 村に戻って近くの池や川で小魚を捕ってその日の糧とする。 魚は、一日に一匹しか捕れないこともある。 出稼ぎで得た金は、あっと言う間に底をつく。 それでも、親は子供を養わなければならない。 この国では、一歳未満の乳児の死亡率が一〇%を超え、 平均寿命も五〇歳と低い。 アンコール・ワットで知られるアンコール朝としてこの地が栄えたのは、 一〇〇〇年以上も昔の話である。 我々が住む日本には、 クーデターが起こる心配もなければ、内戦に陥る心配もない。 近隣の諸国に攻め入られる心配もない。 ただ、長い不況に喘いでおり、 肝心の政治家が椅子取り合戦にしか興味がないだけである。 欲しい物のほとんどは手に入れることが出来、最低でも義務教育は受けられる。 ただ、他の先進国と異なり、右へならえ主義で個性がないだけである。 それでも、平和ではある。 しかし、首都東京の街を行く人の表情は、まるで能面のようである。 我々は今、本当に幸せなのだろうか。 「あなたの夢は?」 その質問に、湖の上に暮らす少女は笑顔で答えた。 「ずっとここで暮らす事よ。」 |